クトゥルー神!陰陽師!蘇った超絶剣士!明治天皇暗殺計画!伝奇小説『大東亜忍法帖【完全版】』がとてつもなく面白かった!

■大東亜忍法帖【完全版】/荒山 徹 

大東亜忍法帖【完全版】

幕末維新の騒乱期。命を落とした超絶剣士達が次々と蘇った。千葉周作、男谷精一郎、伊庭軍兵衛近藤勇土方歳三沖田総司など総勢十二人! そして彼らを率いるのは、山田一風斎と名乗る謎の陰陽師。邪神“くとぅるー”の威光を負った彼らの目的は…? 発足したばかりの明治政府に《恐るべき超絶の集団》が襲いかかる! 稀代の名作『魔界転生』(山田風太郎・著)を“明治忍法帖”として転生させ、伝奇時代小説ファンを唸らせた『大東亜忍法帖』が、上下巻を一冊にまとめた完全版としてついに復活!

唐突に「伝奇小説」が読みたくなったのである。伝奇小説。それはボルタやファラデーやエジソンの偉大なる軌跡を記したものである。いやそれは電気小説。そうじゃなくて史実の隙間にあれやこれやの怪しげな脚色を施し決して有り得なかったもう一つの妄想の歴史を作り上げる小説の謂いである。オレの中で代表的な伝奇といえばまずは半村良荒俣宏、そして諸星大二郎だ!(そしてそれ以外は知らない)

という訳で『大東亜忍法帖』なんだが、なぜこの伝奇小説を手にしたのかまるで思い出せない。そもそも作者の荒山徹という方を全く知らず、「大東亜」にも「忍法」にもそれほど興味が無かったからだ。しかもこの作品、Kindleオンリーなのだ(深い理由があるのだがそれは後述)。多分きっと酔っ払ってる時に購入したんだと思う。酔っ払ってAmazonをうろつくのは危険だ。本物のアマゾン熱帯雨林を酔っ払ってうろつくのとはまた別の危険さがある。

さて無駄口はここまでにしよう。なんにせよオレは荒山徹著による伝奇小説『大東亜忍法帖【完全版】』を購入し、そして読んだ。で、その感想は・・・・・・・

おいおいメチャクチャおもしれえじゃねえかよこの小説!?

えーっと、どういうお話かと言うとですね、

時代は明治初期、クトゥルー神に帰依する陰陽師が伝説の剣豪12人を黄泉から蘇らせ、明治天皇暗殺を画策する!?というお話なんですよ!!

・・・・・・いやあもう、凄まじい盛り込み方じゃああーりませんか。陰陽師はまだ分かりますよ。死から蘇った剣豪12人ってぇのも良いわさ。明治天皇暗殺、って部分で勝負掛けてんな、と思いましたね。でもさ、クトゥルー神ってなんなんだよッ!?

勘の良い方はここらで気付かれたと思いますが、実はこの物語、山田風太郎の伝奇小説『魔界転生』を下敷きにしています。『魔界転生』の物語を幕末~明治初期を舞台に描いたら?というのが作者のそもそもの着想だったようです。作中には『魔界~』から引用された文章も度々出てきます。まあしかし実はオレ『魔界~』って石川賢の漫画しか読んでないんだけど(あとジュリー主演の映画も観たな)。だから比較することはできないんですが、作者である荒山徹氏はオリジナルへの相当の愛情と敬意を込めてこの作品を書き上げたようなんですね。

蘇った”超絶剣士”は千葉周作、男谷精一郎、伊庭軍兵衛近藤勇土方歳三沖田総司など総勢12人。彼らは生前、旧幕府側と明治政府側とに主義主張の分かれた者達でしたが、それぞれの死に際し「もう一度生き返って生前なし得なかったことをやり遂げたい」という強烈な妄念から陰陽師山田一風斎の陰謀に加担することとなったのです。そしてその「蘇り」の条件が明治天皇暗殺計画の実行だったんですな!

物語は前半後半に綺麗に分かれて描かれます。前半は12人の剣士達がそれぞれどのような死に様を経て山田一風斎の計画に賛同することになったのかを一人一人描いてゆくわけです。ここの部分、どうしても繰り返しになっちゃうんですが、そこを巧みに描写を書き分けて飽きさせないよう工夫している。同時に、ここをきちんと描くことでそれぞれの剣士のキャラクターや来歴をつぶさに描くことに成功している。正直自分は12人の剣豪のうち4人ぐらいしか名前を知りませんでしたが、これを読んで「うっわあ幕末の時代の剣豪ってスゲエ」と素朴に感嘆していました。

しかーし!この恐るべき陰謀を阻むべく立ち上がった一人の男がいるんです!その名は板垣退助(オイ!)。後半は山田一風斎の計画を知った板垣退助が参謀となり、北辰一刀流小太刀免許皆伝であると同時に類まれな美貌を持つ女剣士、千葉佐那が超絶剣士たちと対峙するのです。この千葉佐那、実は超絶剣士の一人である千葉周作の姪であり、さらに坂本龍馬の恋人でもあった女性なんですね(全て史実)。このような因縁に塗れた対決に佐那はどう挑むのかが見所ともなりますが、それよりも、美貌の女剣士という部分で壮絶に燃え(萌え)上がるじゃありませんか!?

とはいえ、あやかしの術を使う山田一風斎と対決するためには剣の技だけではどうしようもありません。そこでさらに助っ人登場、その名は土御門菊之丞!彼は安倍晴明の流れをくむ土御門家の若き陰陽師であり、同時に、女人と見紛うばかりの美しさを兼ね備えた貴人であったのです。

いやーもうね。美貌の女剣士とアンドロギュヌス陰陽師のコンビがクトゥルー神帰依者と対決する、この設定だけでメシ10杯行けるわ!

こういった遥か斜め上を突き進む設定の面白さだけではありません。やはりこの作品を面白くさせているのは作者の持つ博覧強記な歴史知識であり、 そこここに乱れ飛ぶ語彙の豊富さにもあるのです。こういった屋台骨にあたる部分がしっかりしているからこそ「有り得なかったもう一つの歴史」を描く伝奇小説の面白さが活きてくるというもの。

しかしそれだけでは「非常によく出来た伝奇小説」でしかありません。いや、それだけでも十分なんですが、この作品をさらにさらに面白くさせているもう一つの要素があります。それは実は作者が物語のあちこちでダジャレやギャグをぶちかましてくる、という飛び道具だらけの文章の面白さなんですよ!だってアナタ、クトゥルー陰陽師明治天皇暗殺で甦った超絶剣士で、それだけでもお腹いっぱいなのに、なおかつギャグ展開かよ!?もーこの作者ナニモノなの!?と思っちゃいますよね。もちろん物語自体はコメディでも何でもなくシリアスなものなんですが、作者が時折繰り出すギャグがあたかも手塚治虫の漫画に登場する「ヒョウタンツギ」みたいに物語を風通しのいいものにしてくれるんですね。

これらの構成を見るに、こりゃもう作者が楽しみに楽しみ、乗りに乗ってこの物語を書き上げたであろうことが伝わってくるというものです。ギャグもクトゥルー神云々も、作者の遊びの一つだと思えば頷けます。そしてそれが手前みそで終わっておらず、きちんと物語を活かしているのですよ。こりゃあ生半可な作家じゃないな、とオレには思えてすっかりファンになってしまいました。だからこの作品を読み終わった後にまた何冊か作者の著作を買っちゃったぐらいですよ!もう好き好き荒山徹センセ!

ところでこの『大東亜忍法帖』、最初は紙の本で上下巻の刊行予定だったのですが、上巻が刊行された後に出版社からの一方的な物言いが入り下巻が発売中止になったという経緯があるんですね。どうも出版社社長がクライマックスの展開を気に入らなかったという事らしいんですが、どうにも酷い話です。詳しいことは検索すれば出てきますので興味の湧いた方は調べてみてください。とはいえ一時は頓挫した作品完結に、別の電子出版社が手を差し伸べ、電子書籍という形で上下巻合本の【完全版】として刊行されたのが本作、ということなんですね。そして出版されたこの作品はとんでもなく面白いものでした。皆さんも宜しければお手に取ってみてください。

大東亜忍法帖【完全版】

大東亜忍法帖【完全版】