外道忍法帖 / 山田風太郎

時は江戸時代、幕府の切支丹討伐の命を受け凄惨なる拷問と虐殺を繰り返す背教者クリストファ・フェレイラは、切支丹の隠し財宝の秘密を知る”十五童貞女”、十五人の切支丹処女達の行方を追っていた。そしてこの十五童貞女、実は大友忍法を使う”くの一”でもあった。その刺客として老中・松平伊豆守は天草忍者十五名を放つが、幕府転覆を狙う由比正雪配下の甲賀忍者十五名がそれを奪おうと背後に迫っていたッ!15+15+15、忍術小説でも類を見ない(らしい)総勢45名の忍術使い達による奇絶、怪絶、壮絶極まりない三つ巴の戦いが今始まるッ!
山田風太郎の名前は漫画や映画の原作者としては知っていたが、実際に読むのは初めて。冒頭から無慈悲かつ淫虐な拷問が描かれ、切支丹隠し財宝の数奇な出自と奇怪な伝説、鍵を握る”十五童貞女”に秘められた謎が語られていくが、その荒唐無稽で淫猥なバックストーリーにまず引き込まれる。そして物語を経るに連れ45名もの忍術使いたちが次から次へと現れては、異様な忍術合戦を繰り広げ、ゴミ屑のように共倒れし頓死してゆく様が凄まじい。忍者達は個別の忍法を持っておりその破天荒さとバラエティも楽しいが、登場するといちいち名乗るのと、”十五童貞女”達が絶命する時にやはりいちいち”殉教(マルチリ)の挨拶”なる口上を述べるところが時代小説らしく、何故か面白くてはまった。そして”十五童貞女”の体内に隠された隠し財宝の謎を解く15の鈴が集まったとき、ラストで用意されている衝撃の真実、これが日本の歴史を揺るがす強いインパクトのある事件へと繋がって行き、最後の最後まで隠し玉が残されている物語構成が心憎い。
主人公は一応天草勢の藩主扇千代であるが、のっけから忍術を封じられ最後までオタオタしているのが可笑しい。これを助けるのがずば抜けた美形を誇る花魁の女”伽羅”。魅力的に描かれる彼女だが行動が実に怪しく、「こいつ何者?」という疑問で最後まで引っ張ってゆく。描かれる忍術はどこか行き当たりばったりと言うか、「そのシチュエーション以外じゃ使えないだろ!」と突っ込みたくなりはするが、物語展開が早いので気にならない。なにしろこの物語は忍者達のバトルロイヤルと大量死がテーマとしか思えない作りをしており、物語そのものよりも最初から最後まで続くバトルのテンションの高さで読むものを釘付けにしてゆく。
それにしてもこの流麗な日本語の妙はどうだ。読み慣れない漢字や単語、熟語、表現はあるけれども決して晦渋ではなく、むしろ数多くのイメージが広がりこの時代の歴史の匂いを感じさせる。そしてその展開は小気味いいほど緩急自在であり無駄が無く高い構成力に満ちている。素晴らしい。巨匠であり重鎮であった作家を評して今更ながらに賞賛の声を書き連ねるのは己の物の知らなさを曝け出す様なものだが、総勢45名もの忍者達が入り乱れ血塗れの忍術戦を展開する様を、これだけのページ数でイメージ豊かでありながらスピーディーにまとめ上げる力量は恐るべきものであると言わざるを得ない。言ってしまえば娯楽作品以上でも以下でもないのだが、エンターテインメントとしては極上の完成度である。娯楽作品を書く作家を目指すものは山田風太郎を読み学べばいいとさえ思う。もはや下手なコミック本などを読むよりも数倍数十倍血湧き肉躍る物語を体験できるのだ。いやあ、忍術ものってこんなに面白かったんですね。