■犬ヶ島 (監督:ウェス・アンダーソン 2018年アメリカ映画)
ウェス・アンダーソン監督による傑作ストップモーション・アニメ
実はウェス・アンダーソン監督作品は苦手だったのだが、『グランド・ブダペスト・ホテル』を観てその素晴らしさに舌を巻き(レロレロ)、それまできちんと観ていなかった過去作を遡って鑑賞してさらに作風に魅せられ、己の観る目の無さをしみじみと恥じた過去を持つオレである。
だからこの『犬ヶ島』も楽しみにして劇場に観に行った。そしてこれがまたもや素晴らしかった。もはや数多あるストップモーション・アニメの歴代傑作作品の一つに数えてもいいのではないかとすら思った。今後「アニメ映画ベストテン」といった企画が再びあれば必ずこの作品を入れるだろう。それぐらい素晴らしかった。
物語は犬を蛇蝎の如く忌み嫌う権力者の陰謀によりゴミ処理場の島「犬ヶ島」にゴミ同然に捨て置かれた犬たちと、愛犬を取り戻す為その島にたった一人でやってきた少年との冒険の物語である。そしてその物語がストップモーション・アニメで描かれてゆくのである。さらになんとこの作品は、その物語を20年後の日本の「ウニ県メガ崎市」という架空の都市を舞台に展開するのである。
まとめよう。この作品の魅力は:
- 動物(犬)と少年との友情と冒険とを描くアニマル・ムービーである
- それがストップモーション・アニメで描かれる
- 舞台が近未来の日本の架空の都市である
- つまりなんとこの物語はSFだった!
……という部分にあるのだ。
「犬ヶ島」という名のディストピア
この作品には『パディントン』や『ピーターラビット』、ウェス監督が過去に製作したストップモーション・アニメ『ファンタスティック Mr.FOX』のように"喋る動物"が登場することになるが、とはいえこれらの作品とは少々趣が異なる。童話であったりファンタジーであったりカートゥーンであったりする作品ではないのだ。むしろジョージ・オーウェル『動物農場』の如き寓意の込められた物語なのではないか。いや、寓意ありきで製作された物語では決して無いのだが、物語の持つ微妙な陰鬱さがそう感じさせるのだ。
それはこの物語世界が”未来の日本”というSF的世界設定である部分に負うところが大きい。SFとは寓意を容易にする作品ジャンルだ。またはオレがSF好きなのでなんでもかんでも「これはSFだ!」と言ってしまう癖のせいであることも大いに考えられる。
自由への脱出
とはいえ疫病感染を理由に犬たちが隔離され遺棄される場所「犬ヶ島」とは、そのまま【絶滅収容所】である。『ニューヨーク1997』のマンハッタン島であり『エスケープ・フロム・L.A.』のロサンゼルスであり『バイオレンスジャック』における関東地獄地震により本州から分断された関東平野である。犬たちにとってそこは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の如きディストピアであり、砂漠の砂の代わりに夥しい量のゴミが広がる荒野であり、その中で彼らは明日をも知れぬ運命にあるのだ。
そう、ディストピアにおけるサバイバル、これが『犬ヶ島』の物語だったのである。しかしただかそけき生を生き延びるだけがこの物語ではない。それは死と絶望に満ちた世界から逃走し、もう一度自らの尊厳を取り戻し、もう一度幸福だった時代を取り返すこと、即ち【自由への脱出】がこの物語の目的となるのである。それは、【生の根源】に関わる物語と言えはしないか。
そんなディストピア『犬ヶ島』に現れた主人公"小林アタリ"とはなんなのか。犬たちの【自由への脱出】の切っ掛けとなったこの少年とか何者なのか。それはスネーク・プリスキンでありマックスであるはずではないのか。まあこれらと比すなら相当頼りないけれども、ひとつの【英雄譚】と見る事はできないか。
新たなる神話世界
この作品では【文化風俗を重合的に濃縮した日本】をその美術とすることにより一種独特の映像世界を生みだし、特に我々日本人にとってはそこが最も注目する所となる。そしてこれらポップな・あるいはキッチュな日本の光景は、見方を変えるならどこか歪んだ・あるいはそれ自体がカリカチュアライズされた日本の光景ということもできるのではないか。
それは遊園地のミラーハウスの歪んだ鏡の中に映し出される姿のような、グネグネと形の変形したグロテスクな日本の姿である。それは日本が歪んでいる、ということではなく、西洋人には馴染の薄い文化を持つ遠い極東のある国、という異世界感を醸し出す為の仮称として必要だったのだ。つまり、この物語の舞台は日本に名を借りた【異世界】なのだ。
そして手法としてのストップモーション・アニメはそこに登場する者を【抽象化】する。さらに"犬"とは【象徴的存在】である。彼ら象徴としての犬たちと【冒険】するのは一人の【英雄】である。
【異世界】における【抽象化された象徴的存在】が【生の根源】に関わる問題を【英雄】との【冒険】を通して解決する。このような物語をなんというか。それは【神話】である。そう、映画『犬ヶ島』はひとつの【神話世界の冒険を描く物語】だったのだ。
それは【現代の神話】である映画『スターウォーズ』のように、あるいは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のように、雄々しくもまた神々しく、観る者の魂の底に鮮烈に【物語】を刻み付ける。そしてその【物語】は、「人はどう勇気をもって生きるべきか」を伝えるのである。こうして映画『犬ヶ島』はもうひとつの【現代の神話】として我々の記憶に強烈に刻み付けられる作品となったのである。
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