■シェイプ・オブ・ウォーター (監督:ギレルモ・デル・トロ 2017年アメリカ映画)
■『シェイプ・オブ・ウォーター』にはまるでノレなかった
各界で絶賛の嵐となっているギレルモ・デル・トロ監督の最新映画『シェイプ・オブ・ウォーター』を観たんだが、う~ん……これがオレには全くノレなかったんだよなあ。
怪物と人間の愛、はいいんだけど、え?セックスしちゃうの?それって獣姦?いやーねーわーぜってーねーわーあんなAVこんなAVを生涯を通じてじっとりと観続けてきたオレですらスカトロとおんなじぐらい獣姦はねーわー(でも触手は許す)。
あとさあ、必要以上にグロくてさあ、それがまた実にコッテリとくどくて、おまけに嫌んなるぐらい暴力的で、実の所オレはグロもバイオレンスもたいした気にしないし昨日も「死霊のはらわたシーズン3」観て頭ふっとんだり顔割れたりすんのゲラゲラ笑いながら観てたけどこの映画に関しては「この物語でこれいるかあ?」と思えてさ。
とはいえ「グロい」「こってりとクドい」「暴力的」っちゅうのはデルトロの十八番みたいなもんで、まあ要するに今作も手癖足癖で作っただけなんだろうなこりゃ。ただその「グロい」「こってりとクドい」を「愛」に結び付けようとしたからなんだかそぐわなく感じたんだなオレは。
■『シェイプ・オブ・ウォーター』は「動物愛護物語」なのか?
『シェイプ・オブ・ウォーター』がつまんなかったのは、要するにコレ、「殺処分になった動物を救え物語」と「そんな動物とムフフなことしちゃった私って変態物語」以上のものに思えなかったからなんだよ。
いや、映画に出てくる半魚人は「動物」じゃないけどね。でも話の骨子を単純化したらそういうことじゃん。
要するに動物愛護映画『愛は霧の彼方に』や『野性のエルザ』を怪物でやってみた「怪物愛護映画」っちゅうことか?で、主人公の怪物愛護精神がさらに暴走して、人間とチンパンジーの愛が描かれる大島渚監督の『マックス、モン・アムール』みたいな怪物ラブ映画になっちゃうということなのか?
■『シェイプ・オブ・ウォーター』は「美女と野獣の物語」なのか?
『美女と野獣』というとディズニー映画を思い出すが、もとはフランスで書かれた物語なのらしい。モンスター映画『キングコング』も、コングが人間の女性に惚れちゃうという部分で「美女と野獣」物語だよね。当然『シェイプ・オブ・ウォーター』のモトネタとなっている『大アマゾンの半魚人』でも半魚人が人間の女性に惚れちゃうという「美女と野獣」物語な訳だ。
この『シェイプ・オブ・ウォーター』はその逆張りを行ってるんだが、これはデルトロが子供の頃から『大アマゾン』が好きで、かねてから「半魚人と人間が結ばれる話」を夢想していたから今回の映画企画となったのだとか。
でも『美女と野獣』というなら『シェイプ・オブ・ウォーター』の主人公は美女というよりいろいろ不憫な人だし、野獣である半魚人はキスしても王子様に変身したりしない。そこにデルトロの『パンズ・ラビリンス』的な「残酷な現実から逃避するためのファンタジーではあるが残酷な現実は決して変わらない」ということがあるんだろうけど、この『シェイプ・オブ・ウォーター』は残酷さを強調するあまり単なる露悪趣味に堕してんじゃねえのか。
■『シェイプ・オブ・ウォーター』は「異類婚姻譚」なのか?
『美女と野獣』もそうだけど「異類婚姻譚」というものがありましてね。要する人間と違った種類の存在と人間とが結婚する説話で、これは神話や民話の形で世界中に分布しているのらしい。日本の民話「鶴の恩返し」や怪談「雪女」なんかもそうですね。
『シェイプ・オブ・ウォーター』はまさしくその「異類婚姻譚」なんだけど、「異類婚姻譚」というのはあくまで説話であり婚姻という部分においてアレゴリカルなものだと思うんだよなあ。でも『シェイプ・オブ・ウォーター』は「不憫な怪物と不憫な人間の女性に愛が芽生えてセックスしちゃう」というそのまんまのお話じゃないっすか。じゃあ『シェイプ・オブ・ウォーター』のアレゴリーとなるものはどこなんだろう?
■『シェイプ・オブ・ウォーター』は「神と巫女の物語」なのか?
『シェイプ・オブ・ウォーター』に登場する半魚人のことを「動物」だの「怪物」だのずっと書いてきたけどもちろんアレは「動物」ではないし、やはり単に「怪物」なだけではないように思えるんだよな。
じゃあなにかというと、あれは実はある種の「神」だったんじゃないだろうか。あの半魚人が捕獲された南米では神と崇められていたというが、映画では実際神懸った特殊能力も披露する。全身ぬらぬらして気色悪いが、神様ならしかたあんめえ。
そして主人公というのはその神と交信する巫女なんだよ。ここで主人公が唖である設定が生きてくる。なぜなら肉体的精神的瑕疵のある者はより神に近いという俗説があり、この場合彼女が唖であることがそれに当てはまるからだ。
で、その気色悪いぬらぬらが神様であることを知った主人公が、「神への愛」に目覚め、ついでにその神様と交合する。エロスとアガペーちゅうヤツだな。神と交合した人間は人間のステージからひとつ引き上げられて神々の眷属となり幸福の中で幕は閉じる。それがこの物語だったのだ。……という解釈ならこの話も理解できるんだけどな。とはいえいろんなものがうんざりするぐらい露骨すぎてやっぱり好きにはなれん映画だな。