コリイ・ドクトロウの『リトル・ブラザー』は国家権力とハッカー少年の熾烈な戦いを描いた青春小説だ

■リトル・ブラザー / コリイ・ドクトロウ

リトル・ブラザー

リトル・ブラザー

サンフランシスコに住む17歳のマーカス・ヤロウは、コンピューターやゲームに強い、ごくふつうの高校生。じつは、w1n5t0n―ウィンストンのハンドルネームをもつハッカーでもあった。校内に設置された歩行認識カメラをだましたり、居丈高な生徒指導主任の個人情報を調べたりするのは、お手のもの。だが、ある日、授業中に親友のダリルといっしょに学校を抜けだし、他の高校の仲間たちと遊んでいた最中に、世界が永遠に変わってしまう事件が起こった。サンフランシスコ湾で、大規模な爆弾テロがおこなわれたのだ。警報が鳴りひびくなか、避難しようとしていたマーカスたちは、テロリストの疑いをかけられ、国土安全保障省に拘束されてしまった。最初は尋問に抵抗していたマーカスだったが、やがて肉体と精神の両方をいためつける厳しい拷問をうけるはめに…。ネット仲間やガールフレンドとともに、強大な国家権力に対して果敢な戦いをくりひろげる高校生マーカスの活躍をあざやかに描く、全米ベストセラー長篇。ジョン・W.キャンベル記念賞、プロメテウス賞、ホワイトパイン賞受賞。

タイトル『リトル・ブラザー』はジョージ・オーウェルディストピア小説『1984』に登場する独裁者「ビッグ・ブラザー」のもじりである。爆弾テロをきっかけに徹底した監視社会と化してしまったサンフランシスコの街。17歳のハッカー少年ヤロウは国土安全保障省(DHS)による極秘裏な拘束と拷問を受ける。身も心も傷つけられたヤロウは彼らの横暴に持てるハッキング技術を駆使して戦いを挑むことを決める。秘密ネットワークを使った同志の徴募、セキュリティの撹乱、そしてDHSが行った犯罪行為の証拠集め。しかし彼の戦いは常に恐怖と隣り合わせであり、DHSの包囲網は彼を次第に追い詰めてゆく…。
いわゆるハッカー小説として読むことの出来るこの物語は、現実的なハッキング・ツールと実際に運用されている監視装置網にほんのちょっとだけ仮想を織り交ぜ、現実味溢れるハッカーと監視社会との戦いを描いている。この仮想のハッキング・ツールというのがXboxの架空の特別バージョン、というのがまたオレのようなゲーム好きには堪らないくすぐりだった。
いくらハッキング・テクニックに精通しているとはいえ、17歳のたった一人の少年が国家権力に対抗するには限界があり、出し抜いたと思ったら即座に権力側が対抗手段に出る、といった展開がスリリングであり、決して「天才ハッカー少年の鮮やかな活躍」といったドラマではないところもリアリティを感じさせる。発端である爆弾テロはもちろん911同時多発テロを揶揄したものであり、テロリズム後の行き過ぎた監視社会の恐怖を描きながら、そこへグァンタナモ秘密収容所を思わせる強制収容所を登場させ、「人権」と「自由」を強く意識させる物語展開となっている。章によってはアメリカの独立宣言までが引用され、人民の権利と自由を奪う政府ならば転覆させてもかまわない、といったアナーキズムまでが暗にほのめかされているのだ。
それは物語の主人公のような若きサイバーエイジへ、動脈硬化を起こした旧弊なヒエラルキー社会を否定し、新たな価値観を持った真に自由な社会を希求せよ、と訴えかけているようにさえ思える。その中で、主人公の支えとなるのは友人たちの存在であり、ネットワークを通じた膨大な同志たちの励ましだ。小説『リトル・ブラザー』は、監視社会への警鐘であると同時に、そこから開放された、スムースなコミニュケーションのありように希望を託した、一級の青春小説であり、ハッカー小説であるということが出来る。