孤独な男が見出した本当の幸福とは〜『ひとりぼっち』【BDコレクション】

■ひとりぼっち / クリストフ・シャブテ

ひとりぼっち (BDコレクション)

ひとりぼっち (BDコレクション)

事情を抱えて港町に流れ着き、水夫の職にありついた男は、週に一度、荷物の詰まった箱を沖の灯台まで運ぶ仕事を命じられる。無人と思しいその灯台には、生まれてから陸の世界を知らずに暮らす者がいることを知らされる。「ひとりぼっち」氏と呼ばれる灯台守に対し、同情と共感が混じった思いを水夫は抱き始める。沖の灯台でひとり、想像力を羽ばたかせる「ひとりぼっち」氏の秘やかな楽しみとは…?沈黙の余白、黒い言葉、多彩なグラフィックが目くるめくバンドデシネ作品。

国書刊行会【BDコレクション】の2冊目、『ひとりぼっち』は60有余年を灯台の中でたったひとりで生きてきた男、"ひとりぼっち"氏の物語だ。その灯台は小さな岩礁の上に設けられていて、船着場以外に地面はなく、まさに海から直に突き立っているような灯台だ。醜い姿で生まれた彼は両親の独善的な憐れみにより幽閉されるようにこの灯台に暮らすことを余儀なくされ、週に一度届けられる食料とそれを運ぶ船乗りたちだけが世界との接点だが、彼は船乗りたちに決してその姿を見せることがなかった。
外の世界を全く知らない"ひとりぼっち"氏のただひとつの楽しみは、辞書をランダムに開けてそこに記される一つ一つの語句の解説文から、それがなんであるのかを想像すること。勿論外の世界を知らない彼の想像したものは、現実とはかけ離れたもので、しかし、それだけが彼の唯一の現実だった。彼のこのトンチンカンな想像が、逆に読む者に、実にファンタジー溢れるものとして眼前に溢れる。読者は、この"ひとりぼっち"氏を通して、言葉から世界を発見する、という行為を追体験する。読者はその時、"ひとりぼっち"氏と同じ想像の中を遊ぶことが出来るのだ。
そして、この物語は、孤独を救うものが、想像力である、ということも描いている。現実の世界は半径数メートルの大きさしか無く、語り合うものもいない孤独の中であっても、想像力だけはどこまでも広い世界を案内し、語り合う友を生み出す。それは悲哀に満ちたものかもしれないけれども、想像することだけが、自らを助ける。別に灯台で一人暮らしをしている訳ではなくとも、この実感は、誰の身にもあることなのではないか。
しかし、島を訪れる水夫が"ひとりぼっち"氏に興味を持ち、手紙を渡すことから"ひとりぼっち"氏の世界は一変する。他者の発見は、即ち、自分が、孤独であるということを、初めて"ひとりぼっち"氏に認識させるのだ。そう、真の孤独とは、ただ単にひとりぼっちでいることではなく、自分と繋がれない他者の存在を意識しているからこその孤独ではないか。そして"ひとりぼっち"氏は希求する、人と繋がりたい、世界を見たい、世界を知りたい、と。
バンドデシネ作品『ひとりぼっち』は、こうした、人として普遍的な、コミュニケーションというものへの原初的な欲求を、世界を体験したいという生々しい欲望を、非常にシンプルな物語の中から導き出した、感動的な作品であるのだ。