■ビフォア・アンカル / アレハンドロ・ホドロフスキー(作)、ソラン・ジャニエトフ(絵)
第2014地球。確然たる階級制がこの惑星を支配しているが、その地下都市では、貴族、平民、ミュータントが入り乱れ、猥雑な様相を呈している。そこで育った少年ジョン・ディフールは、ある事件をきっかけに、発明家の父と娼婦の母を失い、体制に対する敵意を募らせる。ひょんなことから探偵になることを決意した彼は、最終試験として、この惑星のタブーを捜査することになる。やがて彼の捜査は惑星全体を巻き込む大騒動に発展していくが、その一方で、彼はこの愛が失われた世界で、真実の愛を知る唯一の存在となる―。ホドロフスキー&メビウスの『アンカル』で宇宙の救世主となるジョン・ディフールの青春時代を描いた前日譚。冒険はここから始まった!
バンドデシネ界の鬼才メビウスとカルト映画界の巨匠アレハンドロ・ホドロフスキーが手を組み世に送り出し、大友克洋を始めとする日本の名だたる漫画家らに多大なる影響を与えた伝説的バンドデシネ・コミック、『アンカル』(拙レビューはこちら)。その『アンカル』の主人公であるジョン・ディフールを主人公とし、『アンカル』の物語へと繋がる前日譚を描いたのがこの『ビフォア・アンカル』だ。
ただしこの『ビフォア・アンカル』、原作こそホドロフスキーだが、グラフィック・アーチストはメビウスではなく、その後『テクノ・プリ―スト』(拙レヴューはこちら)で再びホドロフスキーとタッグを組むことになるソラン・ジャニエトフが担当しており、ソラン・ジャニエトフの実質的なデビュー作でもある。企画は『アンカル』連載途中に始まり、メビウスの了承の元に進められたらしい。だがそこはしかし、世には右に出る者のいない卓越した描写力を持ち、バンドデシネ界では神の如き存在であるメビウスと、ぽっと出のセルビア人作家ソラン・ジャニエトフ、同じ土俵でやるにはあまりにもその実力の差は激しすぎる。いくらホドロフスキーに「洗練されたスタイルになる前のメビウスに似ている」と注目されたとはいえ、そもそも相手がメビウスではこの世に誰一人彼を凌駕できる者など存在しないだろう。
そんなわけだから、『アンカル』を念頭に置いて読んでしまうと、メビウスにはとうてい太刀打ちできていないのが容易にわかってしまうのと同時に、新人作家であることの、まだ発展途中の画力の不安定さに微妙にとまどわされてしまうことは否めない。だがしかし、懸命にメビウスのテイストを真似ようと悪戦苦闘するソラン・ジャニエトフの努力の様をそこここから読み取ろうとするのは、それはそれで楽しかったりもする。また、『アンカル』では微細に描きこまれたグラフィックに割とフラットなカラーリングが施されていたのを、この『ビフォア・アンカル』では立体的なカラーリングを試みており、また違った楽しみ方ができる。
そういった部分で、『アンカル』ファンはそれなりに楽しめると思うし、また、ホドロフスキー・ファンなら彼ならではの流浪と暴虐のロマンを楽しめる、といったことを評価できるのではないか。物語のラストで『アンカル』にきちんと繋いで見せているのもまた嬉しい。また、この作品の後に『アンカル』のその後を描く『ファイナル・アンカル』も6月に日本刊行予定だと聞く。ここは3巻全て揃えて『アンカル』ワールドの全貌を楽しむのもいいかもしれない。
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