最近読んだ本 / 『いちばんここに似合う人』ミランダ・ジュライ、『通話』ロベルト・ボラーニョ、『ズディグル アブルル―ハルムス100話』ダニイル・ハルムス

いちばんここに似合う人 / ミランダ・ジュライ

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

水が一滴もない土地で、老人たちに洗面器一つで水泳を教えようとする娘(「水泳チーム」)。英国のウィリアム王子をめぐる妄想で頭がはちきれそうな中年女(「マジェスティ」)。会ったこともない友人の妹に、本気で恋焦がれる老人(「妹」)―。孤独な魂たちが束の間放つ生の火花を、切なく鮮やかに写し取る、16の物語。カンヌ映画祭で新人賞を受賞した女性監督による、初めての小説集。フランク・オコナー国際短篇賞受賞作。

非常に女性作家の書いた小説だなあ、と感じさせる短篇集。女性的だと感じさせたのは感触や嗅覚などの"感覚"を描写する記述が多く見られたのと、基本的にこれらの物語がコミュニケーションについての物語だということからだ。女性は男よりはもうちょっとコミュニケーションといったものを大切にするし貪欲な気がするのだけれども、この作品集では誰かと繋がりたい・繋がれない・そして繋がれていたことの幸福の記憶、といったことが中心的なテーマとなって描かれている。ただその女性的な描写は読み進めていくと男のオレには段々鬱陶しく感じてきたのも確かで、まあこれは作品内容には関係ないこととはいえ、途中から読むのがきつかった。それとレズビアン描写もちょっと苦手だったんですスイマセン。しかしアメリカ文学を多く読んでいるわけではないけれども、現代アメリカ文学作品にはなんだか「孤独」とか「虚無感」がしょっちゅうテーマにされているような気がして、欧米の適度に知的で豊かな生活をしている連中の限界を感じるのだが、この作品集でもそういった知的な欧米白人の"線の細さ"をどことなく感じるんだよなあ。

■通話 / ロベルト・ボラーニョ

通話 (EXLIBRIS)

通話 (EXLIBRIS)

『通話』―スペインに亡命中のアルゼンチン人作家と“僕”の奇妙な友情を描く『センシニ』、第二次世界大戦を生き延びた売れないフランス人作家の物語『アンリ・シモン・ルプランス』ほか3編。『刑事たち』―メキシコ市の公園のベンチからこの世を凝視する男の思い出を描く『芋虫』、1973年のチリ・クーデターに関わった二人組の会話から成る『刑事たち』ほか3編。『アン・ムーアの人生』―病床から人生最良の日々を振り返るポルノ女優の告白『ジョアンナ・シルヴェストリ』、ヒッピー世代に生まれたあるアメリカ人女性の半生を綴る『アン・ムーアの人生』ほか2編。

そこへ行くとチリ作家ロベルト・ボラーニョの短篇集であるこの『通話』は、欧米作家の至る「孤独」と「虚無感」といった陥穽に嵌ることなく、ラテンアメリカ作家らしい饒舌さと血の濃い気質を感じさせる作品集となっている。作品集は3部構成となっており、第1部『通話』はマイナー作家の悲哀を、第2部『刑事たち』はラテンアメリカの闇に蠢くアウトサイダーを、第3部『アン・ムーアの人生』では4人の女たちがそれぞれ主人公となり描かれる。これらの作品は何か特別なドラマが描かれるといったことは無く、むしろ作品の中心となる人物の生き様や人物像を短編作品の短いページ数の中に息苦しくなるほど濃厚な筆致で埋め込んでゆくのだ。短編集の中でも出色だったのはポルノ女優の独白として描かれる「ジョアンナ・シルヴェストリ」、そして奔放な性遍歴を重ねる女性を描く「アン・ムーアの人生」。聖性と卑俗の合間に生きるジョアンナ、正邪などおかまいなしに自らの求めるものだけを求めて生きるアン、固定的な価値観に縛られず生きる彼女らの生き方は、素晴らしいものだとは言いがたいが生きる貪欲さに満ち、圧倒された。

■ズディグル アブルル―ハルムス100話 / ダニイル・ハルムス

ズディグル アプルル―ハルムス100話

ズディグル アプルル―ハルムス100話

ロシアで爆発的人気を博したシュルレアリスト第一人者による愛すべき不条理!ナンセンス!1929〜1941年に書かれた極短、超短篇、厳選100話。
ハルムス,ダニエル 1905〜1942。サンクト・ペテルブルク生まれ。ソ連初期のシュルレアリスト、不条理詩人。未来派の影響下で芸術活動を行う。1920年代末に活動した前衛文学集団「オベリウ」の代表者。1930年代、ソ連当局による文化、文学の統制が強化され、活動自粛を余儀なくされて児童文学を書き始めるが、作風が危険視され何度か逮捕される。1941年の逮捕の数か月後に収容所内で餓死したと言われる。

旧ソ連シュルレアリストのシュルレアリズム文学、なにしろシュルレアリズムなので作品はどれもこれもハチャメチャで理解不能、訳の判らない登場人物が登場し訳の判らないことを言ったりやったりするのだが、訳の判らないうちに突然終了、いわゆるナンセンス文学なのだけれども読んでいてもちんぷんかんぷん、面白いかといわれると首を傾げるしかない作品ばかりで、いやーなんでこんなもん読んでしまったんだ?と自分を責める羽目になってしまった。しかし作品全体に旧ソ連の暗い社会体制と厳しく貧しい人々の生活が生み出す狂気や暴力、謂れも無い突然の死といった不条理がそこはかとなく伺える。まあなにしろ困惑する小説だったが…。