『ジェニファーズ・ボディ』は女の友情の破綻を描いた映画だったッ!?

ジェニファーズ・ボディ (監督:カリン・クサマ 2009年アメリカ映画)


トランスフォーマー』でエロエロな肢体を披露し、ロボット映画を観に行った男性客の股間をロボットのボディの如く鋼鉄化させたミーガン・フォックスたんの学園ホラーである。ミーガンたん演ずるところのジェニファーが頭の悪そうなロック・バンドの黒魔術儀式の生贄となり、魔物と化して夜ごと男の肉体を貪り食うのである。彼女の親友であるアニータはそんなミーガンたんの正体を知り思い悩むのだが…というお話である。学校主催のダンス・パーティーがハイライトになるところなんざ実に学園ホラーの王道を行っており、あんな適当な黒魔術儀式でなんで悪魔が取り付くんだ?などの説明不足で中途半端な部分はあるものの、適当にインディー・ロックがあちこちで流れていたり、なんとなく軽く流して観られるセンスはこのテのジャンルのホラーとして及第点でいいんではないだろうか。
しかしこの物語、見方を変えると女の友情の変節をホラーという枠組みで描いたものと取ってもいいかもしれない。オレは女の友情というのはよく分からないが、監督カリン・クサマも脚本・制作総指揮のディアブロ・コーディも両方女性であることを考えると、そういう含みがあることも考えられる。例えばジェニファーが悪魔となるきっかけとなったのは、町にやってきた都会のロック・バンドのライブを聴きに行ったからだが、ここでジェニファーの親友であるアニータが、ジェニファーお気に入りのそのロック・バンドを激しく嫌悪する場面があるのだ。
それはアニータのジェニファーへの独占意識が崩れたことと、田舎暮らしでもっさいボーイフレンドと満足して交際していたアニータが、都会風のワルい男たちに憧れるジェニファーに嫉妬したからなのではないか。「あんな男と付き合っちゃ駄目よ!あなたらしくない!私は友達だから言ってるのよ!」とか言って友人の交際を邪魔したがる女っていそうではないですか。ジェニファーは悪魔憑きになることで男を殺しその肉を貪り食っては美しさを増すが、これはそのまま「男を食って(男と寝て)輝くオンナ」そのままだし、そういった奔放な女となってしまった友人へのやっかみが、次第に憎悪となってその友人を排除する物語となり、それが"悪魔になってしまった友人を退治する物語"として描かれたのではないだろうか。
まあしかしそれはそれとして、この映画の最大の問題点は、ミーガン・フォックスたんが期待していたほどエロくない、それに尽きると思う。確かにセクスィーなんだが、ギンギンなドスケベさを感じさせないのよ。綺麗に写しすぎて汚れた感じが足らないのよ。ぶっちゃけ「むしゃぶりつきてえ」と思わせるものがないのよ。女性監督であることで男目線が足りなかったんだろうなあ。
逆にその友人眼鏡っ子女子アニータを演じるアマンダ・セイフライドのほうが表情豊かで生き生きとして気易いものがあるのね。これは監督と脚本がアニータ目線であり、心情的にも「私はどっっちかっていうとアニータ」な女性だからなんじゃないかしらん。そもそも映画ではジェニファーは"綺麗なお人形のような女"でしかなく、悪魔と化してしまったその彼女への同情が少しも感じられないもの。監督も脚本も実はこんな雰囲気の女嫌いなんだろうなあ!でも男としてはやっぱミーガンたんの爆裂エロエロダイナマイトボディで昇天したくてこの映画観ちゃうよねえ。そのへんの作るもんと観るもんの齟齬がこの映画にはあるような気がしましたねえ。