愛だけが、雨を降らせることが出来る。〜映画『再会の町で』

■再会の町で (監督 :マイク・バインダー 2007年アメリカ映画)


9.11の事件により妻子を亡くし、心を閉ざしたまま現実に背を向けて生きる男の癒しと救済の物語である。まあ別に9.11じゃなくても自動車事故でもなんでもいいような気がするが、9.11のほうがより悲劇の度合いとして観客に理解し易いということなのだろう。しかし癒しと救済…あんまりオレ好みでは無い物語なのだが、観る気になったのは主演がアダム・サンドラーなのとサントラにザ・フーの名曲「Love Reign O'er Me」が使われていたからだった。

家族をいっぺんに亡くす悲劇、悲しみ云々…という粗筋から相当湿っぽいものを想像していたのだが、前半は主人公チャーリー(アダム・サンドラー)と彼の旧友アラン(ドン・チードル)とのやり取りが時にはコミカルに微笑ましく描かれ、それに歯科医を営むアランの奇妙な客などが絡み、意外に軽快に物語は進んでゆくのだ。時々チャーリーはPTSDで困ったチャンになったり発狂したりするけどな。そんなチャーリーのギリギリの心象を表現するとき使われるのがこの映画の原題にもなっている「Love Reign O'er Me」という曲だ。(正確な原題は「Reign Over Me」)

「Love Reign O'er Me」はザ・フーのコンセプト・アルバム『四重人格』に収められている。このアルバムはある青年の青春期の分裂と混乱を物語仕立てで描いたものであり、そして「Love Reign O'er Me」はアルバムのテーマでありハイライトともいえる曲なのである。「愛の支配」と訳されているけれども、「愛だけが雨を降らせることが出来る〜Only love, can make it rain」という歌詞から始まるこの曲は、男女の愛であると同時に「雨に打たれることを感じる=自分を取り巻く世界を感じることが出来るようになる」という意味なのだろう。男女の情愛が世界を生き生きとしたものに変える様に、雨は世界が生々しく生きていて、自分もその中で生きる一人であることを感じさせるものだ、ということだ。映画はそして、傷ついた男がもう一度世界を感じられるようになっていく様を描いているのだ。

悩みや苦しみなど程度の差さえあれ、実は誰もが抱えているものだろう。それが深いとか重いとか些細なものであるかということは関係無い。この物語の主人公チャーリーは苦しみから逃れる為にゲームと音楽に沈溺し引きこもる。世界には他のものなど存在しないように。そしてたまに観るバカ映画。…というところで気付いたのだがなんとこれはオレのことではないか。いやあオレ、ある時期はゲームと音楽と映画だけの生活していましたな!いったいオレになにがあったというのでしょうか!?いや、家族こそ亡くしてないけどね…ほら、いろいろあったんすよ…モテなかったりフラれたりモテなかったりフラれたりとかね…。いやあ、辛かったなあ…。チャーリーみたいに時々荒れてたしなあ…。オレもPTSDだったのかしらん…。

とまあちょっと脱線したが、「Love Reign O'er Me」をタイトルにし主題にしたこの映画、なかなかきちんと作られた良作だと思います。でもちょっと、ザ・フーのこの曲に頼りすぎているところもあるような気がするんだよなあ。ある意味この曲のイメージで映画を一本作っちゃいましたあ、という気がして、ちょっとズルイんじゃない?と思った。なんていうんでしょ、例えばツェッペリンの『天国への階段』をテーマ曲にした『天国への階段』という映画があったら、映画の出来はそこそこでも音楽で結構見せちゃったりしないかあ。サイモン&ガーファンクルを使った『卒業』も音楽のイメージが強いから名作みたいなイメージがあるけれど、あれからS&G抜いたら意外としょうも無い映画だって気がしません?

■Love, Reign O'er Me - The Who

http://www.youtube.com/watch?v=bKBATzh9q1g:MOVIE

四重人格

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