ブロークン・エンジェル/リチャード・モーガン

ブロークン・エンジェル 上・下巻 2冊セット

ブロークン・エンジェル 上・下巻 2冊セット

SF小説読みとしてはレムもイーガンも嫌いじゃないが、作品を読む事にどこか作者の思弁と格闘を強いられている部分があって、お気楽に読み飛ばせない反面もある。だからこそ歯ごたえのある作品だと言う事も出来る訳だが、たまにはアドレナリン出まくりみたいなスカッとしたSFも読みたい。そんな訳で今日はこの1冊、リチャード・モーガンの『ブロークン・エンジェル』。物語は恒星間に人類が広がった27世紀の未来。その世界では人間の意識が体内に埋め込まれた”スタック”と呼ばれる記憶装置に記録され、肉体が死んでも新たなバイオ・ボディ”スリーブ”に移植する事により不死が可能となっている。主人公タケシ・コヴァッチは宇宙最凶と恐れられている特命外交部隊”エンヴォイ”を除隊後、傭兵として様々な惑星の紛争地帯を渡り歩いてきたタフ・ガイ。彼の新たな”仕事”は、遥かな昔に消失した火星人文明の遺物と見られる巨大宇宙船を探し出す事であった…というもの。

前作『オルタード・カーボン』ではブレードランナーを髣髴とさせる未来世界で(ああ、陳腐と知りつつ使ってしまうこの比喩!)ハードボイルドに事件捜査を遂行するというフューチャー・ノワールであったが、今作の特色を一言で言うなば、『今度は戦争だ!』である。政府軍と反政府軍との泥沼の戦闘状態にあるサンクション星系第4惑星、ここで見つけられた巨万の富を生むと目される超古代に建造された恒星間宇宙船の利権を巡って、激しい戦闘と陰謀術策が繰り広げられる。その中で傭兵同士の固い絆、女考古学者とのロマンス、一匹狼タケシ・コヴァッチの熱く孤独な魂の遍歴、そして謎に満ちた火星文明の遺物の真実などが描かれ、ミリタリーSF、冒険SFとして血湧き肉躍るエンターティンメントとして仕上がっている。

この物語で面白い所はさきにあげた登場人物達が”不死”ということだろう。そして意識のみの電脳世界で生活したり、肉体を何度も取り替えて何世代も生き続ける事も可能であるが、意識と人格をデジタルに収容した”スタック”が破壊されると”リアル・デス=真の死”を迎える事になり、実の所決して本当に”不死”という訳でもない。また”死なない”ということから現実世界や電脳空間での精神と肉体への終わり無き拷問が逆に顕著に行われ、凄惨な描写も多数描かれる。物語でも登場人物たちが使い捨ての肉体の中で放射線障害でボロボロになりながら古代宇宙船の探索を行い、戦闘場面では”スタック”が最後に残っているかどうかが本当の生死の分かれ目となる。この辺のSF的なアイディアが独特の世界観を生み出している。

そして何より戦闘用にチューンナップされた最強のバイオ・ボディと百戦錬磨の不屈の魂を持ちながら、かつて幾多の戦闘で失った部下の悲惨な末路をトラウマに持つ主人公タケシ・コヴァッチの”漢(おとこ)の生き様”がハートにぐっと来る!ゴリラの体躯と狼の戦闘本能を持ち合わせ、いざ戦闘ともなれば殺戮マシーンとなって重火器小火器両手抱え、さらには肉体そのものを凶器と化して、どんな敵でも千切っては投げ千切っては投げ、例えその身がどれほど傷つこうと、戦場で最後に立っているのは彼一人のみ!そんな男がふと独りになった時に心をよぎる、失った友や去っていた女への悔恨と郷愁。この男のセンチメンタリズム!くぅう、ハードボイルドは男の痩せ我慢と見つけたり!

(前作『オルタード・カーボン』のレビューはこちらでドウゾ。)