オレとオチャケ

酒好きの家族であった。子供の頃を振り返るに、オレの家には酒専用の棚が作られており、そこには沢山の洋酒が並べられていたのを記憶している。共働きの両親はバリバリのブルーカラーだったが、そういうところだけ妙に洋物好きだったようだ。国産の安酒も飲んでたがな。母親はサントリーのブランデーが好きだったよ。あの頃はまだまだ今より輸入酒の酒税が高くて、本場物のスコッチなんかは高級品だったんだね。海外旅行のお土産は免税のジョニ黒(ジョニーウォーカー黒ラベル)が定番だなんて時代だったんだよ。だから洋酒っていうのは貧乏人にとっても一種のステータスであり憧れだったんだな。
そういう家庭だったから子供の頃のオレもちょっとお酒をイタズラしたことはあったね。飲めやしないけれど、ちょっと舐めてイタズラ気分を味わうんだ。飲むと胃の辺りが熱くなって、ちょっとホワンとした気持ちになるのは悪いもんじゃなかったが、イタズラの範疇でしかなかったね。あと丁度その頃の友人にお金持ちの子がいて、彼の家に遊びに行くと、彼の親父の酒棚から高級そうな洋酒を取り出して、それを飲んで見せるんだよ。「どうだ凄いだろ!」と言わんばかりにね。そういう影響もあったな。その頃って小学生の頃だけどな!
それと子供の頃には洋酒入りのチョコとか出ていて実はそれが好きだったな。ロッテの「バッカス」とか「ラミー」とかそういう名前のチョコだよ。あとウィスキーボンボン。砂糖の殻の中にシロップ入りのウィスキーが入ってるんだ。ちょっと舌にピリッと来て鼻にアルコールの臭いがツーンと抜けてゆくのが好きだったな。…う〜んやっぱり酒好きの小学生だったんかよ!それ以前に買い与える親も親だ!
高校生の頃からちょっと隠れて飲むようになったな。イカンね!お酒は二十歳になってからだろ!その頃出始めた樽ビールを買ってきて、仲間集めては海岸に打ち上げられている廃船の陰で飲んでおりました。その集会には名前まで付いていて『泡の会』とかみんなで言っていたな。全員生徒会員だった…。皆さんスイマセン…。樽ビールというのは今は見かけないけど、プラスチックの樽状の容器に3ℓばかりのビールが入っていて、それが普通に売られていたんだよ。いろんなメーカーから出てたな。
それとあの頃はサントリーから「樹氷」が出たばかりで、グレープフルーツジュースと割った「ソルティドッグ」という名前のカクテルを盛んに宣伝してて、これはよく飲んでたな。だから部屋にはいつも「樹氷」があったのだよ。ある日かなり気分的に荒れた日があって、オレは買ってきたばかりのその「樹氷」を瓶のまま殆ど一気飲みしたことがあったんだよ。そしてそのまま2日ばかり意識不明になってたね。急性アルコール中毒だったんだろう。意識が戻った時には部屋中ゲロだらけだったよ。高校生の時の話だぜ。当然だが家族で問題になってこっぴどく怒られました。しかしあれほど危険な飲み方したのは後にも先のもあれだけだな。いろいろ荒んだコーコーセーだったんっすよ…。
上京してきたばかりの頃はいつもジン飲んでたな。これはデビッド・ボウイの映画『地球に落ちてきた男』の影響でね。気分はボウイだったのだよ!ルックスは似ても似つかないけどな!いつもジンの小瓶を持ち歩いては公園のベンチでチビチビやってたなあ。ええと、いろいろ荒んだ20代だった訳やね…。ビールばかり飲むようになったのは村上春樹の小説の影響だな。初期の3部作って缶ビールばかり飲んでる描写が多くてね。なんか影響されやすいガキだったんだねえ。
今でもお酒って言うとビールばっかりだな。チューハイとか悪酔いするからダメなんですよ。安酒は体壊すわ。高級ぶってるわけじゃなくて、安酒って化学的に醸造したアルコール使ってるけど、これって自然に醸造したものと比べ余計な莢雑物が入っておらず組成が安定しているから分解しにくいんですよ。だからその分体に負担かけるみたい。悪酔いしやすい酒(特に日本酒)には大概醸造用アルコールが入ってます。お酒好きの方は御注意あれ。ま、飲みすぎが一番良くないんだがな!
という訳でオレのオチャケに塗れた人生だったのであった。また恥ずかしい話をしてしまった…。