『オリヴィエ・ベカイユの死・呪われた家~ゾラ傑作短編集~』を読んだ。

オリヴィエ・ベカイユの死・呪われた家~ゾラ傑作短編集~ /エミール・ゾラ (著), 國分 俊宏 (翻訳)

オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家 ゾラ傑作短篇集 (光文社古典新訳文庫)

完全に意識はあるが肉体が動かず、周囲に死んだと思われた男の視点から綴られる「オリヴィエ・ベカイユの死」。新進気鋭の画家とその不器量な妻との奇妙な共犯関係を描いた「スルディス夫人」など、稀代のストーリーテラーとしてのゾラの才能が凝縮された5篇を収録。

最近あれこれと怪奇幻想小説を漁っているオレだが、今回読んだのはエミール・ゾラの短編集『オリヴィエ・ベカイユの死・呪われた家~ゾラ傑作短編集~』。

ゾラ(1840-1902)といえばフランス自然主義文学の代表的な作家のひとりであり、『ジェルミナール』『居酒屋』『ナナ』といった名作を著している。ただ、オレは以前フランス文学を集中して読んでいた時期があったが、このゾラには手を出さなかった。理由は、有名作の粗筋を読んでみたら、リアリズムを是とする自然主義文学ならではの、現実の醜い面ばかり描いた暗さに辟易したからである。

とはいえ今回、おっかなびっくりこの短編集を読んでみると、これがなんと実に面白い。長編作品の暗く救いのないイメージとはまた違う、小気味よいテンポのしっかりとしたストーリーテリングの作品ばかりだったからだ。正直短篇だけとってみるなら、これまで読んだフランス古典文学の中でも相当によくできていると思えた。

さてこの短編集、『オリヴィエ・ベカイユの死・呪われた家』などと見るからに怪奇小説ぽいタイトルなのだが、実のところ怪奇小説的なプロットを借用した人間ドラマが基本であり、決して超自然現象を扱ったものではない。また、タイトルに挙げられた2つの短篇以外は人間それ自体を描くごく普通の文芸小説である。とはいえ、本を手にするいい切っ掛けにはなった。

収録作品は5編、それらの感想を順を追って書いてみよう。まずは「オリヴィエ・ベカイユの死」、これはポーの「早すぎた埋葬」のゾラ・バージョンだと思って貰えばいいだろう。死んだと目される男の意識が自分の体や妻の様子を上から眺めている描写はどこか可笑しい。男は本当に死んだのか、死んでないのか?という興味で最後まで読ませるが、基本はやはり奇想小説ではなく人間を描く物語なのだ。

「ナンタス」は未婚の母となった貴族の娘と偽装結婚する貧しい青年の物語だ。打算から始まった結婚だが青年は次第に娘を愛するようになる……といったストーリーはある意味ベタだが、こういったベタさが実はゾラの持ち味なのかなと思った。「呪われた家―アンジェリーヌ」にしても幽霊屋敷と噂される屋敷の真実を探る男が登場するが、2転3転する展開がこれまたベタながら楽しませる。そしてこの作品も超自然現象を扱ったものではない。

「シャーブル氏の貝」は子供のできない年の離れた貴族夫婦(40代の夫と20代の若妻)が、子作りによしとされるフランスの避暑地に赴くといったお話。途中若く魅力的な青年が現れ展開が見えるにしても、この青年と貴族の妻がいつくっつくのか?という下世話な興味で読ませる作品となっている。それと併せ、フランス田舎町の風光明媚な光景の描写が素晴らしく、作品を魅力に満ちたものにしている。

「スルディス夫人」は画家の夫婦が主人公となる。優れた才能を持ちながら放蕩の末に絵が描けなくなってゆく夫と、才能は乏しいが忍苦を重ねて夫を立てようとする妻との、危ういバランスで成り立つ夫婦関係は読んでいてはらはらさせられた。物語は途中から大きな変転を迎え、絶妙なストーリーテリングを見せつけながら、静かな感動を呼ぶラストを迎える。

総じて、ゾラの短編は読み易く親しみ易く、あまり古さを感じさせない。確かにスタンダールバルザックといった同時期のフランス文豪と比べるなら、文学性の深さといった部分では物足りなく感じさせるかもしれないが、ベタな筆致は逆に大衆的でもあり、読み物としての楽しさを十分に兼ね備えている。そういった部分で今回読んだゾラの短編集からは様々な発見をすることができた。