ジャズ・ドキュメンタリー映画『マイルス・デイヴィス クールの誕生』を観た

マイルス・デイヴィス クールの誕生(監督:スタンリー・ネルソン 2019年アメリカ映画)

マイルス・デイヴィス クールの誕生 [Blu-Ray]

マイルス・デイヴィスから始まったオレのジャズ音源漁りだが、色々なアーティストのアルバムを一通り聴いて、そしてまたマイルスに戻ってきた感じである。だから今、マイルスの音源ばかり聴いている。こうしてみるとジャズ界においてマイルスがいかに特別な存在だったのかが以前にも増して理解できる気がする。そんな「ジャズの帝王」、マイルス・デイヴィスの半生に迫ったドキュメンタリー映画がこの『マイルス・デイヴィス クールの誕生』だ。

《作品案内》「クールの誕生」「カインド・オブ・ブルー」「ビッチェズ・ブリュー」といった決定的名盤で幾度となくジャズの歴史に革命をもたらし、ロックやヒップホップにも多大な影響を及ぼしたマイルス。常に垣根を取り払い意のままに生きようとした彼は、音楽においても人生においても常に固定観念を破り続けた。貴重なアーカイブ映像・音源・写真をはじめ、クインシー・ジョーンズハービー・ハンコックといったアーティストや家族・友人ら関係者へのインタビューを通し、マイルス・デイビスの波乱万丈な人生と素顔に迫る。

マイルス・デイヴィス クールの誕生 : 作品情報 - 映画.com

才能に満ち溢れた若き日のマイルスは、それはもう神々しいばかりで、真の天才とはどういうものなのかが如実に伝わってくる。飛ぶ鳥を落とす勢いのマイルスはなにしろクールでヒップで格好良くて、スターのオーラが出まくっていた。しかしショックだったのは、『Kind of Blue』の発表により押しも押されぬスターとなったマイルスを、警邏中の警官が黒人であるという理由だけから暴行し逮捕したという事件だ。これには本当に唖然とさせられた。あの「音楽世界遺産」とも呼ぶべき作品を生み出したばかりの男を、警官が血塗れになるほど殴りつけただと?人間の愚かさには限度というものが存在しないのだな、とこれにはつくづく絶望させられた。

KIND OF BLUE

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当然マイルスもアメリカという国に大いに絶望してフランスへと渡る。そこでマイルスはジャズ好きのパリっ子たちに賞賛で迎え入れられ、大いに活躍し様々な出会いを経験する。ジャズの生まれたアメリカでマイルスが人種差別を受け、ヨーロッパの異国で大スターとしてもてはやされる、というのはなんと皮肉なことなのだろう。しかし当時のヨーロッパにおけるジャズ熱は相当なものだったらしく、そもそもジャズ・レーベル、ブルーノート・レコードを立ち上げたのもジャズを愛するドイツ移民の人間たちだったりするのだ。少なくとも50年代において、アメリカ人よりもヨーロッパ人のほうが文化や芸術というものを理解していたということなのだろう。

マイルス後期といえば生楽器主体のジャズサウンドからエレクトリックサウンドを多用した演奏形態にシフトチェンジした エレクトリック・マイルス期だろう。問題作『Bitches Brew』がその代表作となる。

BITCHES BREW

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エレクトリック・マイルスへの移行は、ジャズを知り尽くしたマイルスがジャズの殻を破り、新たな地平に立とうとした結果だろう。とはいえ、同時にロック世代をファンに取り込み、ロック絡みの大イベントに出演することで経済的に潤うことが目的だったことも遠回しに語られていて、ちょっとニンマリさせられた。というかマイルスほどのジャズメンでも、ロックバンドほど儲からなかったのらしい。そういえばオレにとってのマイルス・デイヴィスのイメージは、派手なコスチュームと派手なサングラスをまとったこの後期のものなのだが、これはこの頃に日本のTVCMに出演していたからなのだろう。

実は映画で最も心を奪われたのは、この晩年のマイルスの姿だ。歳月は彼から健康と才気を奪い、困窮とドラッグが彼を苛む。マイルスでさえ年老いることの残酷さから逃れることはできない。真の天才でありながらこんな形で辛酸を舐めなければならないというのはなんと悲劇的なことなのだろう。けれども、こうしてボロボロになりながらも、音楽への探求を止めず、もがき続けるマイルスの姿が胸に迫るのだ。それは運命に抗おうとギリギリの場所に立つ男の姿だったからなのだろうと思う。