塩と運命の皇后/ニー・ヴォ (著)、金子ゆき子 (訳)
50年ぶりに湖の封印が解かれるとき、追放された悲劇の皇后の伝説が幕を開ける――。歴史収集の旅をする聖職者チーは、ある時立ち寄った湖のほとりで、ひとりの老女に出会う。亡き皇后の侍女だという彼女に導かれ、チーは皇后が幽閉されていた屋敷を訪れる。そこで老女は思い出の品々を手に語り始める。美しく残酷な真実と運命の物語を……。「あの方には異国風の美しさがあり、それはあたかも私たちには読めない言語のようだった。肩まで垂れた長い二本の三つ編みは墨汁のように黒く、顔は皿のように平らで、完璧に近い円形だった」――著者デビュー作にして2021年ヒューゴー賞受賞作。全2篇。
ファンタジー作品はあまり読まないのだが、この『塩と運命の皇后』は表紙の動物たちが可愛らしかったのと、作者の東洋系の名前に惹かれて手にしてみた。
『塩と運命の皇后』はイリノイ州出身のファンタジー作家ニー・ヴォによって書かれた2作の中編を収めた単行本だ。表題作『塩と運命の皇后』は2022年のヒューゴー賞ノベレット部門の受賞作となり、そのほかにも様々な賞に受賞・ノミネートした作品である。もう1作は『塩と運命の皇后』の主人公が再び登場する『虎が山から下りる時は』。
どちらの作品も古代の中国やベトナムを思わす東洋風の世界を舞台にしており、主人公となるのは若い女性聖職者チー。彼女は大寺院の命を受け国を旅しながら歴史に関わる様々な口碑を集めている。単行本収録の2作は、こうしてチーが聴き取った物語が描かれることになるのだ。
1作目『塩と運命の皇后』、これは後宮を追われた皇后とその侍女との物語だ。退屈さと憂愁とに浸りきる皇后とその皇后の世話を甲斐甲斐しく焼く侍女とのささやかな日々を描く物語は、後半驚くべき展開を迎える事になる。横溢するアジアンテイストと魔術的な描写、そこに東洋ならではのウェットな情緒が絡み合い、美しくもまた壮絶なファンタジー作品に仕上がっていた。
2作目『虎が山から下りる時は』では3匹の化け虎に捕われたチーが命乞いの代わりに化け虎にまつわるある伝説を語る、という構成になっている。面白いのはチーの語る伝説に対し、化け虎が「正しくはこうだ」と別の展開を語って聞かせる部分だ。つまり一つのモチーフに対し2つの物語が存在するのだ。歴史と真実の2重構造がここで語られるのである。
どちらの作品にも共通するのは、突然襲った過酷な運命に対し巧緻な知恵と計略で乗り越えようとする女性たちの物語であるということだ。女性たちの物語であると同時に女性同士の絆の物語でもあり、そしてやはり、愛についての物語なのだ。