『三体』劉慈欣による絵本『火守(ひもり)』を読んだ

火守(ひもり)/ 劉 慈欣 (著)、池澤 春菜 (訳)、西村 ツチカ (絵)

火守 (角川書店単行本)

人はそれぞれの星を持っている。病気の少女のため、地の果てに棲む火守の許を訪れたサシャは、火守の老人と共に少女の星を探す過酷な旅に出る--。世界的SF作家が放つ、心に沁みるハートウォーミングストーリー。

『三体』で一世を風靡した劉慈欣による最新翻訳本はなんと絵本となる。タイトルは『火守(ひもり)』、一人の少年と老人とが織りなすファンタジー作品である。本国でも絵本として発表されたが、翻訳版での絵は日本のアーチスト・西山ツチカのものに差し替えられている。また、池澤春菜が翻訳を担当したのもちょっとした話題かもしれない。

物語は孤島を舞台に、月を行き来し星に触れるといった、非常に優しいライト・ファンタジーとなっている。新書版程度のサイズのハードカバーでページ数も80ページ、絵本なだけにオールカラーのグラフィックが楽しめるが、劉慈欣ファンでもなければ、この体裁で定価1500円は若干高く感じるかもしれない。

とはいえオレ自身は十分満足した。物語は大人も子供も読める内容で、その幻想性は子供心に不思議と発見に満ちたものであろうし、物語に隠された人生の哀歓の様は大人の心にも響くだろう。西村ツチカのグラフィックは甘さを排し端正であり、抑えた色使いは深い味わいを感じさせる。池澤春菜はこれが初の翻訳作業らしいが、ブレがなくしっとりとした情感が漂っている訳文は十分妥当なものだろう。

面白かったのは物語における「宇宙観」だろう。ファンタジー作品の宇宙観であるゆえにどこか『星の王子さま』的なプリミティブさがあるが、それを硬派なSF作家である劉慈欣が描くと奇妙な凄みがあるのだ。それとこれは物語内容に触れるので詳しくは書けないが、物語における「労働」の概念にどこか中国社会における生き方の片鱗がうかがえるような気がした。