G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ (監督:ロベルト・シュベンケ 2021年アメリカ・カナダ映画)
「あのG.I.ジョーが帰ってきたッ!?」という映画『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』が公開されるらしい。「そういやそんな映画あったなあ……」と記憶の隅っこを探ってみたオレであるが、「とてもつまらなかった」という記憶しかない。しかもG.I.ジョー映画化作品は『G.I.ジョー』とその続編『G.I.ジョー バック2リベンジ』の2作があったのらしい。「どんなだったっけ?」と自分のブログを探してみたが、2作とも観てはいるのだが内容を殆ど覚えていない。多分記憶に残らないほど退屈な映画だったのだろう。
※映画『G.I.ジョー』シリーズの過去記事
そんなに退屈だったG.I.ジョー映画新作をなんでまた観ようと思ったのかというと、なんとこの『漆黒のスネークアイズ』、物語の殆どが日本を舞台にしているというではないか。おお、臭う、これは大いに臭うぞ「変な日本」が連発されるトンチキ映画の臭いが!もとより「変な日本が出てくる映画」が大好きなオレは思い切って観に行くことにしたのだ。
《物語》日本の闇の組織からある男の命を救ったスネークアイズは、秘密忍者組織「嵐影」への入門を許可される。600年にわたり日本の平和を守ってきた嵐影だったが、悪の抜け忍組織と国際テロ集団「コブラ」の連合軍による攻撃にさらされ、危機に瀕していた。スネークアイズは嵐影の3つの試練を乗り越え真の忍者となり、世界を守るため戦う。
とまあそんなわけだが、いやあ、想像通りトンチキ極まりない映画でしたね!「映画の中の変な日本」というと『ウルヴァリン SAMURAI』を真っ先に思い出すが、それに限らず大量の「変な日本描写映画」は製作されており、1冊本が出ているぐらいだ。
そんな中でもこの『漆黒のスネークアイズ』は、「2020年にハリウッド映画史上最大規模の日本ロケ撮影が東京、大阪、兵庫、茨城などで行われ、 世界遺産の姫路城や岸和田城など日本各地のロケーションが、『G.I.ジョー』の世界観に登場(公式HPより)』しており、その濃さは凡百の「変な日本描写映画」など足元にも及ばないほどだ。しかしな、『漆黒のスネークアイズ』の一番の魅力は、この「変な日本描写」にある!なにより、秘密忍者組織「嵐影」の皆さんが街はずれのデッカイお城に住んでいる、という段階で何もかもおかしい!どこが秘密忍者組織だよ!目立ちすぎだろ!でも嫌いじゃないぞこのトンチキさは!
とはいえ物語自体はさらに輪をかけてトンチキで、これはかなりいただけない部類に入る。シナリオがスッカスカの上にどこまでも迷走しているのだ。登場人物たちが何をしたいのかがさっぱり分からず、さらに何しに出てきたのかさっぱり分からない登場人物までいる。
まず主人公が忍者でもないのになんで訓練された忍者並みに強いのかが分からない。秘密忍者組織「嵐影」の御曹司はコワモテな割にすぐに拘束されるわ戦いに負けるわでこいつ大丈夫かと思ってしまう。くノ一女子はなんであそこまで心が揺れるのかが分からない。敵役の抜け忍男は単なるヤクザでいったいどこが忍者だったんだと思わせる。それとG.I.ジョーのエージェント女と敵役コブラのスパイ女、お前ら何しに出てきて何の役に立ったの?
悪の秘密結社コブラは「嵐影」の城に隠されたある強力アイテムを奪取するために暗躍するが、このアイテム、今まで何のためにあって何の役に立ってたの?アクションはパッと見派手なんだが、なんだか雑駁な「うわーっ!とやってる感」しかなくて、それよりもアクション間の「特殊戦隊モノ」的なキメポーズばかりにこだわってたのは、「G.I.ジョーはキメポーズが命!」という掟でもあったからなのだろうか。それとこの映画で一番強いのはどう考えてもイコ・ウワイス演じる忍者なのだが、全くうまく使えてない。
そんな『漆黒のスネークアイズ』だが、一番のハイライトは忍者組織の首領セン役の石田えりが和服で宙を舞う所だったな!(あとエンドクレジットの爆裂する日本語フォントはデザイナーの人が見たら気が狂うこと必至!)