バンドデシネ作品『レベティコ―雑草の歌』を読んだ

■レベティコ―雑草の歌 / ダヴィッド・プリュドム(作)原正人(訳)

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『レベティコ―雑草の歌』は第2次世界大戦前夜のギリシャアテネを舞台に、その日暮らしの音楽家たちのダルくユルい一日を描いたバンドデシネ・コミックである。タイトルである「レベティコ」とはそんな彼らの奏でる音楽ジャンルの名称であり、ギリシャのブルースとも呼ばれているのだという。

主人公となる音楽家たちは誰もが皆その日暮らしのチンピラであり、同時にクールな伊達者だ。コミック『レベティコ』はそんな音楽家たちの根無し草のような飄々とした生き方と、刹那主義的なニヒリズムと、仲間を愛する温かさを、地中海の明るく乾いた空気を思わせる筆致で描いてゆく。

当時の彼らの音楽は政府によって堕落した音楽と見なされ、官憲による陰湿な検挙が執拗に繰り返されるが、それでも彼らは音楽を奏でることを止めない。それは彼らの自由な生き方を愛する気概がそうさせているのだ。そして自由を愛するがゆえに彼らはアナーキストであり、そんなチンピラなりの矜持が、ひたすらカッコよく、粋なのである。

圧巻なのはやはり演奏シーンだろう。酒場で、ハシシ窟で彼らが演奏を始める時、紙の本を読んでいるのにまごう事なき音楽が聴こえてくる。そして聴こえない筈のその音楽に(そしてハシシの香りに)、酔わされてしまうのだ。

たった一日の出来事を描いているにも関わらずそこに登場する男たちの物語は非常に濃厚であり、あたかも上質のヨーロッパ映画を観せられているかのようだ。どこまでも艶っぽい男たちの怪し気な魅力と音楽コミックとしての魅力、双方の魅力を兼ね備えたこの作品は音楽好きにも是非お勧めしたい。 

なおこの作品はバンドデシネ翻訳者・原正人氏によるクラウドファンディング立ち上げにより出版可能となった作品であり、実はこのオレもこのクラウドファンディングに微力ながら参加させていただいた。こうして出版に漕ぎ着け、自分がほんの僅かなりとも関わった書籍の現物を手にした時の感慨はひとしおであった。今後も原正人氏主催によるサウザンブックスの動向に注目してゆきたいと思う。