稀代の武術家の生涯を描く『イップ・マン』シリーズ、堂々の完結編/映画『イップ・マン 完結』

■イップ・マン 完結 (監督:ウィルソン・イップ 中国・香港映画)

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■『イップ・マン』シリーズ完結編

あの『イップ・マン』が遂に完結である。最強の中国拳法・詠春拳の使い手であり、ブルース・リーの師匠としても知られ、19世紀末に生まれ激動の時代を生き、1972年に惜しまれながら没した実在の人物、それが葉問/イップ・マンである。これまで様々な映画でイップ・マンが描かれたが、やはり真打はドニー・イェン主演による『イップ・マン』シリーズだろう。日本においては『イップ・マン 序章』『イップ・マン 葉問』『イップ・マン 継承』のタイトルで3作が公開され、4作目となるこの『イップ・マン 完結』で遂にシリーズは終章を迎えるのだ。

シリーズは1930年代、日中事変の混乱の最中から始まり、家族と共に香港へ移り住み詠春拳の師範として生計を立てつつ、彼の前に立ちはだかる様々な敵を倒してゆくイップ・マンの鋼の肉体と精神をこれまで描いてきた。しかし『継承』において愛する妻を亡くし、男手一つで息子を育てながら、いつしか自らの死を予感することになるのがこの『完結』の物語となる。

■憂愁の中に佇む賢人イップ・マン

この『完結』において主に舞台となるのは1964年のアメリカ合衆国である。なにもイップ・マンが「俺より強い奴に会いに行く」為にアメリカに渡ったのではない。それは反抗期の息子の留学先を探す、といういじましい理由によるものであった。アメリカではイップ・マンの弟子ブルース・リーが華々しく活躍しており、顔をほころばす彼だったが、武術家で構成された中華総会の役員たちはブルースの派手な露出を快く思わず、イップ・マンの息子への紹介状も反古となってしまう。そんな折、在米中国人への差別意識が吹きあがり、空手使いである海兵隊軍曹バートンはその先鋒となって中華総会の武術家を狩り始める。その理不尽な差別と暴力に、遂にイップ・マンの詠春拳が炸裂する時が来たのだ。

この作品で描かれるのは、既に妻を失い、癌のために余命幾ばくもなく、口も訊かない息子に頭を悩ます晩年のイップ・マンの姿である。自らの運命の末を憂うその表情はいつもどこか悲しげで、これまでのシリーズ作で見られた溌溂とした力強さや清明な穏やかさには翳りが差し、どこか心を搔き乱すような寂寥感の横溢する作品となっている。シリーズの例に漏れずイップ・マンは理不尽を正す為の望まぬ戦いに駆り出され、電光石火の詠春拳でもって愚か者どもを完膚なきまでに叩きのめすのだけれども、どんな戦いに勝とうと彼の表情は沈んでいるように見え、その後ろ姿には憂愁が漂うのだ。この「憂愁」こそが今作の基調となり物語全てを覆うのだ。

■物語を盛り上げる武術家たち

とはいえ、実は決して暗いばかりの物語ではない。まずなによりブルース・リーの登場だろう。これまでのシリーズ作でもチラチラ顔を覗かせてはいたが、ここまで大幅にフィーチャーされるのが今作が初めてだろう。ブルース役チャン・クォックワンはブルースの形態模写を完璧に近い形で演じており、その精気漲る豪胆さと切れ味の鋭いアクションをこれでもかと画面に迸らせていた。そしてこのブルースの登場は、詠春拳の新たな継承者として、その世代交代を描いたものであり、終わることのないイップ・マン伝説を知らしめることとなるのだ。

さらに今作においては、イップ・マンと対立することになってしまう中華総会の会長ワン・ゾンホアの、度肝を抜くほどに強力な太極拳の技の応酬が見所の一つとなるだろう。不勉強なうつけ者でしかないオレは太極拳といえば中華人民の朝の体操程度に思っていたのだが、これほどまでに俊敏かつ流麗に技を繰り出してゆく武術であったとは。調べると演じるウー・イエ自身がそもそも武術の達人であり、その至宝の技をこの作品で見る事ができたという訳なのだ。

もちろん敵役である海兵隊軍曹バートン、並びに空手師範コリンの重量級で破壊的な強靭さも物語を大いに盛り上げる。最強の敵無くして最高の戦いは無いからだ。成す術もなく彼らに次々と叩き潰されてゆく中国人武術家たち、そして血に飢えた彼らの前に悠然と立つイップ・マンの悲壮に溢れた戦いの気概、憂愁を身にまとうドニー・イェンの凛とした立ち姿、イップ・マン映画の興奮が最高潮となる瞬間だ!空手V.S.詠春拳の戦いはコリン、バートンの二段構えで行われるが、その熾烈さは完結編に相応しいものであったと言えるだろう。

■差別への徹底的な抵抗

そして「中国人差別との闘い」というテーマである。イップ・マン映画は大なり小なり、中国人差別と闘ってきた作品でもあった。それは人としてのプライドであると同時に、同胞を守るための闘いでもあった。それまで舞台となっていた中国で様々な形で差別と闘ってきたイップ・マンは、この最終章でもっていよいよ差別の牙城としてのアメリカと対峙するのである。実は物語の時代設定である1964年とはアメリカで公民権法が制定された年であり、作品をよく見るならば画面のそこここにアフリカ系アメリカ人が伸び伸びと立ち動く姿を発見できる。

もちろん公民権法によって一切の差別が無くなったわけではないが、その新たな一歩となった年に、中国人差別との闘いをテーマとした物語を描くのは偶然だったろうか。物語ではアフリカ系アメリカ人が差別に憮然となるシーンも挟まれ、それはつまり中国人、アフリカ系アメリカ人、そして多くの非白人移民を含めた差別への拒否でもあるのだ。そしてその差別へ鉄槌を下すのがイップ・マンであったのだ。映画『イップ・マン 完結』は稀代の武術家の煌めく彗星の如き生を描くだけではなく、その背後に差別への抵抗といったテーマが秘められていることを思い知らされた作品でもあった。  


ドニー・イェン主演!映画『イップ・マン 完結』本予告

 

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