全長1マイルに渡る死せる竜の物語/『タボリンの鱗』

■タボリンの鱗/ルーシャス・シェパード

タボリンの鱗 竜のグリオールシリーズ短篇集 (竹書房文庫) 

数千年前に魔法使いとの戦いに敗れた巨竜グリオール。彼の全長1マイルにおよぶ巨体は、草木と土におおわれ川が流れ、その上には村までもができていた。周囲に住むひとびとは、時が経ち観光地化した彼の恩恵を受けているが、その一方で巨竜の邪悪な霊気に操られているとも言われている―。グリオールの鱗を触っていた男と娼婦がタイムスリップする表題作、死した巨竜の頭蓋骨がひとびとを翻弄し運命を狂わせてゆく傑作奇想譚「スカル」の初邦訳2篇を収録。

「数千年前魔法使いとの戦いに敗れ仮死状態のまま原野に横たわる全長1マイルの巨竜グリオールがその邪悪な思念により人々の運命を狂わせてゆく物語」、ダークファンタジー短編集【竜のグリオール】シリーズ第2弾である。第1弾『竜のグリオールに絵を描いた男』はまさに傑作であった。妄執と強迫観念に彩られた破滅的な物語を描く筆致は非常に文学的であると同時に強熱的であり、どこまでも禍々しい色彩を放っていた。

この第2弾『タボリンの鱗』では表題作と長編に近い分量の中編『スカル』の2編が収められている。短編『タボリンの鱗』ではグリオールの不可思議な意志により謎の地にタイムスリップさせられた男女の異様な体験を描く。二人はこの地で拾った少女と「石器時代の聖家族」の如き生活を営むことになるが、とはいえそれは暴力と淫蕩の気配に満ちたものであり、グリオールの目的は結局不明のままだ。この異様な状況とクライマックスの凄まじいカタストロフには引き込まれるものがあるが、意味と理由の不明瞭さでどこか納得し難い物語でもあった。

続く『スカル』ではなんと現代の架空の南米国家が舞台となる。主人公はやさぐれた流れ者の男とシャーマニックな謎の美少女。少女は死したグリオールの巨大な頭蓋骨に集う人々のカルト的な頂点に立つが、それを軍事政権が暴虐的に利用しようとするのだ。そしてそこに1人の謎の男が登場する。この作品では南米の混乱と貧困、暴力と狂気をグリオールの邪悪な計画に仮託して描くことが主眼のようにも思えるが、実際延々と描かれるのは男と少女との爛れた肉欲の行方であり、男のシニカルで斜に構えた人生の果てにある虚無なのだ。

そして長々と続くこれらの描写が面白いかというとそうでもなく、いったいどこに結末を見出したいのかはっきりしない冗漫さを感じてしまった。とはいえ男の抱えるルサンチマンの様子はどこか作者の心情吐露のようにも思え、作者独特の熱に浮かされたような描写からは、この物語を激情に任せたまま書き続けたものではないのかと勘繰りさえもできるのだ。そもそも魔法的な存在であるグリオールと苛烈な中南米の現実とは水と油の様に感じ、意味不明な長さと併せてどうにも煮え切らない読後感だった。

前作からの期待に反し今一つな感想となったが、【竜のグリオール】シリーズにはあと一篇『Beautiful Blood』なる作品があり、そしてこれは長編作品となる。1作目『竜のグリオールに絵を描いた男』と同時期の物語となり、グリオールの血の特性に魅了された野心的な若い医学生リチャード・ロザッチャーを主人公とし、1作目にも登場した絵師メリック・キャタネイも登場するという。とりあえず訳出を期待して待ちたいと思う。 

タボリンの鱗 竜のグリオールシリーズ短篇集 (竹書房文庫)
 
竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)