ラテンアメリカ文学短編集を3冊読んだ

ラテンアメリカ短編集:モデルニズモから魔術的レアリズモまで/野々山真輝帆 編

ラテンアメリカ短編集―モデルニズモから魔術的レアリズモまで

ラテンアメリカ短編集―モデルニズモから魔術的レアリズモまで

 

モデルニズモから魔術的レアリズモまで、ラテンアメリカの作家たちは、民族や国境を超えた新しい文学、新しい魂を表現しようとした。豊穣なラテンアメリカ文学の生成と発展、多面的な文学空間へ招待する短編集。

ラテンアメリカ傑作短編集:中南米スペイン語文学史を辿る/野々山真輝帆 編

ラテンアメリカ傑作短編集: 中南米スペイン語圏文学史を辿る

ラテンアメリカ傑作短編集: 中南米スペイン語圏文学史を辿る

 

スペイント語圏ラテンアメリカ短編文学のはじまりともいえる重要作品「屠場」をはじめ、幻想的な「ルビー」「赤いベレー」「新しい島々」、大地の渇きが伝わる「インディオの裁き」「その女」など、ロマンチシズムからモデルニズモ、クリオーリョ主義、実存主義までの多彩な傑作短編を、文学の発展過程を見通せるように編纂。本邦初紹介作品を含む、心を打つ名作18編。

ラテンアメリカ傑作短編集〈続〉:中南米スペイン語圏の語り/野々山真輝帆 編

ラテンアメリカ傑作短編集〈続〉: 中南米スペイン語圏の語り

ラテンアメリカ傑作短編集〈続〉: 中南米スペイン語圏の語り

 

マジックリアリズムだけじゃないラテンアメリカ文学の内省と豊穣。多彩な情景、多様な手法。深まる内省、増しゆく滋味…幻想と現実のあわいで揺れる多彩な作品群。10カ国にまたがる作家たちが紡ぐ、16のきらめき。日本初紹介作家を含む、短編アンソロジー

 ちょっと前にラテンアメリカ文学短編集を集中して読み、沢山の面白い作品に触れることが出来たのだが、こんな短編集が他にも出版されていないものだろうか、と探して見つけたのが今回紹介する3冊である。

いずれも彩流社というオレにはあまり馴染みの無い出版社から出版されており、その全てにおいて野々山真輝帆という方が監修されている。この野々山真輝帆氏(故人)、スペイン文学者で筑波大学名誉教授だった方なのらしい。収録されている作品はどれもイリノイ大学大学院ラテンアメリカ文学講義に用いられたリーディングリストから採用、訳出者は朝日カルチャーセンターのスペイン文学翻訳教室の有志によるものなのだとか。

で、まあ、読んでみたのだが、正直なところ、大変申し訳ないのだが、全体的に、面白くない作品が多かった。面白くなかった、というよりも、オレがラテンアメリカ文学にイメージする類の作品とは違う作品が殆どだった、ということになるだろう。

まず、セレクトがイリノイ大学ラテンアメリカ文学講義用であった、ということで、これはつまり作品として面白いとか面白くないとかではなく、文学史の流れの中での代表的な作風、もしくは変節点にある作品、を多く取り上げることになったのだろう。

さらに、なにしろ文学史的に訳しているので、ラテンアメリカ文学黎明期の非常に古い作品から掘り起こされている、ということが挙げられるだろう。これはラテンアメリカ文学が生まれたとされる19世紀半ばから20世紀初頭にかけての作品であり、文学史的には「モデルニズモ(モダニズム近代主義)」と呼ばれる文学運動を経て発生したものであるのらしい。

オレが慣れ親しんでいるラテンアメリカ文学はこのモデルニズモ運動の後に登場する作家のものばかりであり、これは20世紀中期に登場することになるのだ。例えば代表的な作家作品としてはボルへスの『伝奇集』が1944年、ファン・ルルフォの『ペドロ・パラモ』が1955年、バルガス・リョサの『緑の家』が1966年、そしてマルケスの『百年の孤独』が1967年と、いわゆるラテンアメリカ文学ブームを巻き起こした作家作品が殆どこの20世紀中期のものであることが分かる。

そういった部分でこの野々山真輝帆編によるラテンアメリカ文学短編集はラテンアメリカ文学ブーム以前のラテンアメリカ文学作品を網羅したものだということができ、エンタメとして楽しむ文学というよりはもっと学術的で史学的な位置にある諸作品ということになるのだろう。だから面白いとか面白くないとかそういった読み方をする作品集ではなく、文学史を紐解く形で接するべき作品集であるということなのだろう。

これら初期モデルニズモ文学がどうつまらなかったかということをあえて書くならば、まずマジックリアリズム的作品が皆無であること(そもそもそういった作風がまだ生み出されていない)、その代わりに今読むと古臭く感じる童話的であったり寓話的であったりする作品が散見すること、ラテンアメリカ世界の貧しさや暴力的気風、それらの果ての絶望的で救いの無い作品が多かったこと(映画もそうだが近代主義傾向の作品によく見られる)、要するにひねりがある訳でもなくそのまんま過ぎる生々しさに辟易させられた、ということがあった。

そういったわけでオレの如き半可通の文学好きにとってそれほど楽しめた短編集ではなかったけれども、はからずしてラテンアメリカ文学のその黎明期からの潮流を体験するいい機会とはなった。また、幻想的な作風の幾つかの作品は、これはオレの好みなので十分楽しめた。その中で、「ラテンアメリカ傑作短編集」収録エステバン・エチュベリーア作『屠場』は、ラテンアメリカ文学の嚆矢と呼ばれる重要作品で、これを読むことが出来たのは僥倖であった。さらに「ラテンアメリカ傑作短編集〈続〉」あたりになってくると、後半から20世紀中期に活躍する作家がちらほら登場し始め、これらはやはりモダンな味わいがあって楽しめた。