最近読んだ本あれこれ

里山奇談 あわいの歳時記 /coco、日高トモキチ、玉川数 

里山奇談 あわいの歳時記

里山奇談 あわいの歳時記

 

桜祭りの帰り道に見た宙に浮く柔らかな光、川で投網を打っている人を襲った足元の砂の奇妙な動き、山道で「おおい、おおい」と呼びかけてくる声、憑物を籠めているという壺の秘密……不思議でどこか懐かしい短編集。 

「山」という異界と「里」という現世の中間にある「里山」、そのあわいにある不思議な話を集めた『里山奇談』も遂に第3弾発売というから、いかに多くの支持を受けたか伺い知れるというものである。恐怖や怪奇や不条理ではなく不思議、不可思議がこの作品集の中心となるものだ。これは恐怖譚がその根源に「死」がありそれが恐怖を生むのと対比的に、この作品集にあるのは幾多の生命を抱える自然への畏敬であり、即ち「生」というものの不思議さ、愛おしさがその根底にあることの違いなのだろう。不思議な物語の多くに接しそして読み終わった時に、何か心に豊かなものが残るのはその為なのだ。

 

■処刑御使/荒山徹

処刑御使

処刑御使

 

黒船来航を機に三浦半島に創られた長州藩相模警備隊。貧しい下士に生まれた少年、伊藤俊輔にとって、その応召は立身の希望の光であった。だが、彼は着任早々「処刑御使」と名乗る謎の刺客に次々と襲われる。なぜ自分が?彼らの正体とは?俊輔が一切を解した時、国家の命運を賭けた壮絶な闘いが始まった。伝奇小説の鬼才が放つ白熱の幕末異聞。

少年時代の伊藤博文を亡き者にするため、未来から恐るべき刺客たちが送り込まれた!?という【和風ターミネーター】とも呼ぶべき伝奇小説です。伊藤少年を襲うのは人間火炎放射器!大ムカデ!動く仏像!辺りは血の海、屍累々!そこへ伊藤少年を救うため現れた巫女姿の美女!……とまあひたすら奇想天外の限りを尽くしているこの小説、これだけだと単なるキワモノに思われるかもしれんませんが、読み進めると日清戦争日露戦争を経た日本と韓国とのこじれにこじれた悲しい関係がその根底にある事が徐々に描かれ始め、実はこれは透徹した歴史観の中で描かれている物語であることが分かってくるのです。物凄く興味深過ぎてオレ、Wikipediaの日清・日露戦争の項目全部読んでしまったぐらいだよ。なぜ少年伊藤が狙われるのか?というのは、伊藤博文がどのようにして死んだのか?ということにも繋がってきます。韓国って、いろいろ取り沙汰されるけど、実際のところどんな歴史を持った国だったんだろう?ということを知ることが出来たのと同時に、そんな韓国と、どのように前向きな未来を作って行けるだろう?という示唆迄含まれていて、単なるエンタメ小説に終わらない同時代性を持った素晴らしい小説でした。

 

■ネクサス(上)(下)/ラメズ・ナム

ネクサス(上) (ハヤカワ文庫SF)

ネクサス(上) (ハヤカワ文庫SF)

 
ネクサス(下) (ハヤカワ文庫SF)

ネクサス(下) (ハヤカワ文庫SF)

 

神経科学研究の進歩により、ポストヒューマンの存在が現実味を増し、その技術が取り締まられるようになった近未来。記憶や官能を他人と共有できるナノマシン、ネクサス5を生み出した若き天才科学者ケイドは、その存在を危険視した政府の女性捜査官サムに捕らわれてしまう。彼女らに協力を要請されたケイドは、スパイとなって中国の科学者朱水暎を探ることになるのだが!?息詰まる攻防を描くノンストップ・SFスリラー。

この物語のキモとなるナノマシン、ネクサス5はあたかもテレパスのようにお互いの思考と感情を共有し一体感を得られることができる発明なんですが、政府はそれによって生み出されるポストヒューマンを危険視し強硬な取り締まりに乗り出すんですね。確かに「ナノマシン」というハイテクノロジーは描かれますが、基本となるのはヴォークト『スラン』や竹宮恵子地球へ…』みたいなテレパスと一般人との軋轢と弾圧といった古いSFテーマを蒸し返したようなお話なんですね。さらにそれにニューエイジっぽい「精神の扉」みたいなオハナシが加わって、途中までは「なんだかなー」と少々退屈したんですが、クライマックスに向かうにつれて鮮明になる米中の対立構造とそこに投入される強化人間による超絶バトルや近未来兵器を駆使した局地戦が加わり、これが相当に映像的な描写で興奮させられるのですよ。作者はもともと技術畑の方らしく、そのキャリアから生み出されたアイディアでこの物語を描いたようで、だから小説的なバランスには少々難はありますが、いきなりの攻殻機動隊展開は実に素晴らしかった。

 

ヒトラーの描いた薔薇/ハーラン・エリスン

無数の凶兆が世界に顕現し、地獄の扉が開いた。切り裂きジャックカリギュラら希代の殺人者たちが脱走を始めた時、ただ一人アドルフ・ヒトラーは……表題作「ヒトラーが描いた薔薇」をはじめ、地下に広がる神話的迷宮世界を描いた傑作「クロウトウン」ほか、初期作品から本邦初訳のローカス賞受賞作「睡眠時の夢の効用」まで、アメリカSF界のレジェンドが華麗な技巧を駆使して放つ全13篇を収録した日本オリジナル短篇集。

最初に書いちゃうと相当に退屈した。「暴力と苦痛のSF作家」エリスンの、そのテーマの在り方はよくわかったけれども、正直言って作家としての才能はどうにも凡庸だ。この短編集に収められている物語もどれも短編として未熟でバランスが悪くまとまりに乏しい。パンクロックみたいに「ワッ!」とやっちゃう瞬発力や鬼面人驚かすエキセントリックさはあるけど、結局そこで満足して終わっちゃってる。そもそもエリスンの短編集って『世界の中心で愛を叫んだけもの』(これも個人的にはつまらなかった)が1973年に日本で発表されて以来なしのつぶてで、ここ数年でバタバタ出されたようだけれど、実の所編集者も作品の出来が悪いから出版を差し控えていたってことなんじゃないかな。エリスンのSF界における功績は高いけれども、ちょっと持ち上げられ過ぎな気がする。