■怪物はささやく (監督:フアン・アントニオ・バヨナ 2016年アメリカ・スペイン映画)
映画『怪物はささやく』は『永遠のこどもたち』(レヴュー)のJ・A・バヨナ監督作品によるダーク・ファンタジーだと知って観に行くことにしました。『永遠のこどもたち』、物凄くいい映画でしたね…(そんなこと言いつつ同監督の『インポッシブル』は観て無いんだけど)。配役もこれまたよくて、『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』のフェリシティ・ジョーンズ、『エイリアン』シリーズのシガニー・ウィーバー、さらにリーアム・ニーソンが声の出演をしていたりします。主人公役の少年は『PAN ネバーランド、夢の始まり』に出演していたとのこと(観てない)。原作はイギリス作家パトリック・ネスによる世界的ベストセラーということらしいですが、これ、日本でも課題図書として結構取り上げられているのだとか。
《物語》13歳になる少年コナー(ルイス・マクドゥーガル)の母親(フェリシティ・ジョーンズ)は重い病を患っていた。それだけではなく、学校ではイジメに遭い、嫌いな祖母(シガニー・ウィーバー)が家に押しかけ、コナーは暗く憂鬱な日々を送っていた。追い打ちを掛けるように、彼は悪夢を見るようになる。それは窓の外に見える墓地の巨木が怪物と化し、彼に迫り来る、という悪夢だ。そして怪物(リーアム・ニーソン:声とモーションキャプチャー)はコナーにこう告げる。これから3つの「真実の物語」を語るということ、そして4つ目の物語はコナー自身が語らねばならないということ。悪夢の怪物は日毎コナーの元を訪れ、それに影響されたコナーの日常も次第に変容してゆく。そして、母の容体は刻一刻と悪化してゆくのだった。
この物語における「怪物」は、あくまで悪夢の中の存在であって、実際に超常現象が起こったり本物の怪物が出現したり、といったホラー作品という訳ではありません。あくまでダーク・ファンタジーなんですね。そして、悪夢の中で怪物が語るそのお話は、悪夢を見ている少年自身の深層心理の中の物語であり、それは即ち「寓話」である、ということにすぐ気が付かされます。しかし、最初の幾つかの物語は、それがどう少年自身の内面に関わった物語なのか容易に想像つきません。それら3つの物語は、即ち少年の深層心理は、少年に何を伝えようとしているのか?というのがまずこの物語の面白さの一つになります。そして、怪物の物語るお話が、非常に美しいアニメーションで表現されているのがこの作品のもう一つの見所になります。
最初はもやもやとした御伽噺にしか過ぎなかったそれら物語は、次第にコナー少年の現実の行動に影響を与えてゆきます。というよりも、コナーが常日頃押さえつけてきた感情が、実は悪夢の中の怪物であり、それが怪物という形を取ることで、現実世界に表層化してゆくんです。しかしそれだけなら、怪物に姿を変えたフラストレーションの発露、という単純な仕組みのお話に過ぎません。そうではなく、そもそもこの物語の発端は、母親の病にあるのです。悪夢の怪物が顕現しだしたのは、コナーの母親の病気が悪化の一途を辿り始めてからです。怪物は、母親の死病について、コナーに何を伝えようとしているのか、というのがこの作品の本質となるのです。
それは、物語は、現実を変えられるのか?という命題です。そして、物語ごときで、現実は変えられない、という事実です。さらにそれは、それならなぜ、人は物語を求めるのだろう?という問い掛けでもあります。辛く厳しい現実を前に、人は何一つなすすべもないことがあります。物語はその時、せめてもの慰めになることもあるでしょう。それでは、物語は、慰み以上でも以下でもないものなのでしょうか?映画はこうした問い掛けの中、最後に「語るべき4つ目の真実の物語」を主人公コナーに要求します。ここで言う「真実」というのは何なのでしょう。なぜ「真実」でなければならないのでしょう。これらが明らかになった時、映画は、「物語は、人に何をもたらすのか」ということを静かに観客の胸に刻み付けるのです。
こうしてこの映画は、残酷な現実の中にある一人の孤独な少年の魂の救済を描く作品であると同時に、ひとつの「物語論」としても展開してゆくことになるのです。"物語"を愛する全ての人にとって、映画『怪物はささやく』は、大切な贈り物のように心に残る作品になる事でしょう。傑作です。
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