物語るものと物語られるものの物語~『バーナム博物館』

■バーナム博物館 / スティーブン・ミルハウザー

バーナム博物館 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

幻想の航海、盤上ゲーム、魔術、博物館…。最後のロマン主義ミルハウザーが織りなす幻影と現実のモザイク模様。ときには『不思議な国のアリス』や『千夜一夜物語』を下敷きに、ときにはポーに敬意を表しつつ、想像力のおもむくままに紡ぎだされた十の物語。

記述に関する記述、言及に関する言及、引用に関する引用。現実に侵入する非現実、または現実と同時進行しながら次第にないまぜとなる非現実。記述するものと記述されるもの。そしてそれはやがて、どちらが現実で非現実なのか判断のつかない胡蝶の夢の如き様相を呈してゆく。ミルハウザーの諸作は、それを夢幻的に描くのではなく、現実と非現実の交差するまさにその瞬間を緊張感に満ちた筆致で描写してゆくのだ。
まず「シンバッド第八の航海」では現実には存在しないシンバッド8番目の航海の物語を通し、"物語るシンバッド"と"物語られるシンバッド"の乖離とその逆転が描かれる。「ロバート・ヘレンディーンの発明」では「完璧な女性」を夢想の中で構築しようとする少年が、その夢想の中に取り込まれる。「アリスは、落ちながら」はウサギ穴をただひたすら落下するアリス、というシュールな状況を通しながら、「不思議の国のアリス」という完結した物語を永遠の保留の中に押し止める。「青いカーテンの向こうで」はまさに映画という"非現実"に取り込まれてしまう少年の物語だ。
ミルハウザーの小説はメタ視点すら交錯する。「探偵ゲーム」ではボードゲームに高じる人々とそのボードゲーム内に登場する架空の人々の物語の両方が語られるが、一見現実の人々の内面をボードゲーム内物語に反映させているように見せながら、ボードゲーム内物語は独自の逸脱へと疾走し始める。「クラシック・コミックス#1」はT・S・エリオットの有名な詩をアメコミにした、という設定なのだが、さらにそのアメコミのコマ割りとグラフィックを文章でもって説明する、といった二重のメタ化を試みている。
しかしその中で表題作「バーナム博物館」は現実世界に拘泥することなく「バーナム博物館」という不思議に満ちた場所をきらびやかな描写で描いてゆく。そしてこれは妄想と空想に彩られた、作家ミルハウザーの脳内世界のメタファーと認識することも出来、想像力への圧倒的な凱歌ととらえることもできるだろう。映画化もされた「幻影師、アイゼンハイム」は尋常ならざる幻影を見せる天才的奇術師の一代記であるが、これもある意味読者の眼前に鮮やかな非現実を垣間見せる作家というものの想像力を題にとっているという見方ができるだろう。即ちこれら2作品は、物語るものと物語られるものの物語である、ということもできるのだ。
とはいえ、技巧を凝らしたそれら諸作よりも、「セピア色の絵葉書」、そして「雨」のシンプルで穏やかな陰鬱さが心和ませる作品集であった。

バーナム博物館 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

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幻影師 アイゼンハイム [DVD]

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