あなたの人生の物語〜映画『メッセージ』

■メッセージ (監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ 2016年アメリカ映画)


映画『メッセージ』は世界各地に謎の宇宙船が現れるところから始まる。言語学者ルイーズ(エイミー・アダムス)は異星人たちが地球に飛来した理由を探るためそこに派遣され、"ヘプタポッド"と名付けられた異星人との意思疎通の方法を探ることになる。しかし、宇宙船飛来を快く思わず武力行使を行おうとする国家も存在し、調査には暗雲が垂れ込み始めるのだった。

こんな粗筋から映画『メッセージ』はいわゆる"ファースト・コンタクト"と呼ばれるSFジャンルの作品として理解されるだろう。人類と異星人との"最初の接触"を描くこれら作品では、『未知との遭遇』が最もポピュラーな作品かもしれない。世界中に飛来した宇宙船ということであれば『インディペンデンス・デイ』を思い出させるし、これに人類の平和が絡むとなれば『地球の静止する日』という作品があった。異星人の示唆するデータの解析という点では『コンタクト』だろう。モニュメントのように直立する宇宙船はSF映画の名作『2001年宇宙の旅』のモノリスを連想させられるが、あれは人類の進化に関したファースト・コンタクトSFでもあった。意図の理解できない異星生物との接触という点では『惑星ソラリス』に通じる部分もあるだろう。

異星人とのファースト・コンタクトには何が起こるえるのか?という物語は、それは宇宙に数多ある惑星から実際に異星人がやってくるのかもしれないという夢のような物語であるのと同時に、人類史における他部族同士の最初の接触で、なにが起こったか?ということの再考でもありえる。そこには戦争と征服があり、他方、交易や文化・民族の交流があった。そして今もし人類の目の前に異星人という新たな"他部族"が登場した時、それは当然人類を凌駕する高い科学技術を持つ存在であり、その存在がもたらすのは恩恵なのか破壊なのか、という期待と不安がこれらの作品では描かれることになる。また、高い科学文明を持った存在である異星人と人類を対比させたときに、まだまだ未熟でしかない人類の文明が、今後どうあるべきなのかを考察するテーマでもある。

そして映画『メッセージ』は、これらファースト・コンタクト・テーマの名作SF映画のモチーフを部分部分で踏襲し、ある意味手堅く、と同時に予定調和的な展開を見せはする。しかしこの物語は、それだけにとどまるものでは決してなかったのだ。それは冒頭に描かれる、「愛する娘を亡くした言語学者ルイーズ」の物語に深く関わったものなのである。ルイーズは、娘を亡くした痛ましい記憶を持つ女性であるが、その記憶は、時折フラッシュバックのように生々しく蘇り、激しく彼女を苛むのだ。異星人とのファースト・コンタクトと、「娘を亡くした記憶」とがどう結びつくのかがこの作品の最大のテーマとなるところであり、これにより、この作品はこれまでのファースト・コンタクト・テーマのSF作品を凌駕する、全く独自の展開を見せることになるのだ。

そこで展開するのは、言語とは、コミュニケーションとは、記憶とは、認識とはなにか、という問題提起であり、それらは多分に知的な論議であると同時に、人の生そのもの、さらには運命とは何かということに関わる、激しく感情を揺さぶらす物語へとなだれ込んでゆくのである。これらは、ファースト・コンタクト・テーマの物語に存在する単純な楽観論や悲観論を遥かに突き抜け、人間の意識とその認識というレヴェルへと果敢に切り込んでゆく。原作はSF作家テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』。ファースト・コンタクト・テーマの物語であるはずのこの作品が、なぜ"あなたの人生の物語"であるのかが明らかになったその時、あなたは10年に一度の傑作SF映画に出会ったことを知るだろう。名作中の名作である。


あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

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