友情と愛の板挟みになった三角関係のゆくえ〜映画『Sangam』【ラージ・カプール監督週間】

■Sangam (監督:ラージ・カプール 1964年インド映画)


1964年にインドで公開された映画『Sangam 』は男の子2人、女の子1人の幼馴染同士の3人が成長し、恋の三角関係となるが、そのうちの一人が軍務中に死亡と認定されて…というメロドラマだ。これだけの粗筋だとよくある物語のように思えるが、そこにはインド独特のストーリー展開が存在しているのだ。監督・主演はラージ・カプール、ヒロインにヴァイジャインティマーラー、友人役にラジェンドラ・クマール。この作品はラージ・カプール初のカラー作品であり、彼の最高傑作であるという声もある。また、この作品はヴェネツィア、パリ、およびスイスでロケされたが、インド映画界においてこうした海外ロケを敢行した先駆けとなる作品なのだという。
タイトル『Sangam』の意味は「支流」となるが、これはアラハバード近くに流れるガンジス川とヤムナ川、それに伝説上のサラスワティ川の3つの聖なる川が合流するサンガムと呼ばれる聖地を指している。映画においてこれは何を意味しているのだろうか。
物語には最初に仲良し3人組の少年少女が登場する。成長してからも彼らの友情に変わりはなかったが、しかしそのうちの一人、サンダー(ラージ・カプール)はラダ(ヴァイジャインティマーラー)に愛を感じ始め、また、ラダはもう一人の男、ゴパル(ラジェンドラ・クマール)に恋していた。とはいえラダはサンダーの強い求愛に振り向き、二人は相思相愛となっていた。しかし、空軍パイロットのサンダーがある日軍務中に飛行機墜落の事故に遭い、死亡と認定されてしまう。悲しみの中ラダはゴパルとの新しい人生を考え、ゴパルもそれに応えて彼女を愛するようになった。だが数年後サンダーは生還する。何も知らぬサンダーはラダに求婚し、サンダーに強い友情を感じていたゴパルは身を引き、そしてサンダーとラダは結婚する。だが、サンダーは自分を避けるようになったゴパルに不信を抱いていた。
愛しあっていた男女が、男が戦死したことにより、残された女が別の男と愛しあうようになる。しかし、ある日その男が生還し、かつて愛していた女が別の男と愛しあっていることを知り愕然とする。これと似たような物語は幾多あり、それにより戦争の悲惨さを浮き彫りにするが、映画『Sangam』は同傾向の作品と思わせながら、独特の物語展開を見せるのだ。それはインド的といってもいい。幼馴染の一人が死んだと思い込み交際を始めた男女は、その男が生還することにより、もう一人の男が身を引くのである。なぜならそこには強い友情があったからだ。愛と友情を天秤に掛けた時に、友情が勝るのだ。
実際はどうなのか知らないが、インド映画では思いのほか篤い友情(特に男同士の)が描かれることが多く、それは観ていて面映ゆくなるほどだったりする。そして『Sangam』で描かれる友情もまたびっくりするぐらい篤い。新婚旅行にヨーロッパに出掛けたサンダーは、旅行先があまりに楽しいばかりに、新婚旅行中だというのに親友のゴパルを呼び寄せてしまうのである。そしてそのゴパルも不承不承やってくるのだ。日本人の感覚だったら殆ど有り得ないことだし、欧米だってやはり無いよう思える。これは映画的な極端な演出だと受け取っていいような気もするが、だが少なくともインドはこういったストーリーテリングが十分受け入れられる国なのだろう。そんな感覚の違いを見せつけられるのが妙に面白い作品なのだ。
だがかつてラダと愛しあっていたことをサンダーに引け目に感じていたゴパルは、折角訪れたヨーロッパからもすぐに帰省する。サンダーはそんな、急に水くさくなったゴパルを不審に思う。折も折、ラダが隠していたゴパルの手紙をサンダーが見つけ「これは誰からのものだ!」とラダを責め、嫉妬する。だがこの段階でも、サンダーは決してゴパルを疑わない。
この物語が悲劇であるのは、本来、誰にも罪はないということだ。ラダとゴパルの交際は、サンダーが死亡したから、というものだった。ゴパルが身を引いたのは、サンダーに友情を感じていたからだった。ラダが再びサンダーと交際したのは、それは「帰ってきたら結婚しよう」と言っていたサンダーとの約束だからだった。ラダとゴパルは、二人の交際を秘密にしたが、しかし世の中には知らないほうが幸福な嘘や秘密があるものではないか。にもかかわらず、そして幸せな結婚生活が現にあるにもかかわらず、サンダーは嫉妬と苦悶の未、真実を知ろうとするのだ。
このような物語を紡ぎ出す監督ラージ・カプールの演出力、そして映画技法が素晴らしい。カットやアングルが技巧的であり、時折はっとさせられる画面を生み出すのだ。また主演3人の演技は緊張感に溢れ、単なる男女の三角関係といったストーリーが後半、あたかもギリシャ悲劇を思わせるような重厚で暗澹たる様相を帯びてくる。劇中ではサンダーが愛と友情と人生の歌を高らかに歌い上げるが、謳歌であるはずの歌が実はこれからの悲劇を暗示する痛ましい皮肉となっている部分に息を呑まされる。そして台詞がまたいいのだ。クライマックスにおいてゴパルは彼ら3人を3つの聖なる川が合流するサンガムに例える。ガンジス川とヤムナ川は合流するが、サラスワティ川は消える運命なのだ、と。こういったあまりにインド的な例えに映画『Sangam』の芳醇な作品性を感じてしまうのだ。