アリス・マンローの短編集『イラクサ』を読んだ

イラクサ (新潮クレスト・ブックス)

旅仕事の父に伴われてやってきた少年と、ある町の少女との特別な絆。30年後に再会した二人が背負う、人生の苦さと思い出の甘やかさ(「イラクサ」)。孤独な未婚の家政婦が少女たちの偽のラブレターにひっかかるが、それが思わぬ顛末となる「恋占い」。そのほか、足かせとなる出自と縁を切ろうともがく少女、たった一度の息をのむような不倫の体験を宝のように抱えて生きる女性など、さまざまな人生を、長い年月を見通す卓抜したまなざしで捉えた九つの物語。長篇小説のようなずっしりした読後感を残す大人のための短篇集。

カナダの女流作家アリス・マンローの短編集『イラクサ』は、2013年にマンローがノーベル文学賞を受賞したと聞いた時になんとなくはずみで購入して(そもそも「ノーベル文学賞だから」という理由で本を買うことなど全く無い)、それ以来ずっと積読していたものをやっと読み終えたというわけなのである。最近はなるべく新刊を買わずに積読本を消化することにしているのだ。

で、この『イラクサ』、9編の短編が収められているのだが400ページ以上あってこれが結構分厚い。それぞれの作品は基本的に中年期〜老年期の女性が主人公となっていて、彼女らの殆どは伴侶がおり中流程度の生活をしているのだが、その彼女らが過去の若い頃を振り返り現在との対比からなにがしかの感慨を導き出したり、困難な現在からふと未来に思いを馳せてみたりするといった内容になっている。この、一つの作品の中に一人の女性の現在過去未来が盛り込まれている部分で、「あたかも長編小説を読まされているような読後感」を読者にもたらすのだろう。

もうひとつの特徴は、物語の途中で突然思わぬ方向に話の流れが変わる部分だろう。きめ細かく描かれた「女の人生」はそれはそれで読ませるが、この「突然の転調」がマンローの短編を非凡なものにしている。それはアクシデントとか運命のいたずらとかいったものというよりも、「今このポイントで人生を変えたい」という意志の力、もしくは論理でも筋道でもない直観的な身代わりの速さのようなものを感じる。

そういった部分でよく出来ていると思うし面白く読めたのだが、実を言えば、途中から飽きてしまった。それはなにしろどの登場人物も田舎の平凡なシニア女性が主人公の作品ばかりだからである。男性が主人公のもののも1編あるが、構造的にはシニア女性を中心とした物語であることは変わりはない。そしてその多くが不倫を巡る物語である部分で少々辟易してしまったというのもある。人生長く夫婦生活をしていれば不倫の危機も願望もあるのだろうが、個人的にはそれを物語として読まされることに全然興味が湧かない。そんな部分で、この短編集は技巧に長けた作家によるハーレクインロマンスの一種なのかなとすら思ってしまった。

イラクサ (新潮クレスト・ブックス)

イラクサ (新潮クレスト・ブックス)