今年面白かったコミックあれこれ

ヘルボーイ 疾風怒濤 / マイク・ミニョーラ、ダンカン・フィグレド

ヘルボーイ:疾風怒濤

ヘルボーイ:疾風怒濤

クトルゥ神話や世界各地の神話を元に、超自然的な存在と戦う「地獄の悪魔の子」ヘルボーイを主人公とした作品です。そしてこの『ヘルボーイ 疾風怒濤』は『ヘルボーイ:闇が呼ぶ』『ヘルボーイ:百鬼夜行』に続く三部作の壮大な完結篇になっているんですね。

完結編であるこの刊では、世界を滅ぼさんと異形の軍団を結集させた血の女王ニムエと、ブリテン正統王となり騎士たちの亡者を率いるヘルボーイとの最終決戦が描かれます。そしてこの戦いの背後には宇宙を再び混沌へ還そうとする邪神オグドル・ヤハドの凶悪な意志が働いていたんですね。ここではまたしてもイギリス・ロシア民話、北欧神話、黙示録、クトルゥ神話の要素が絡み合った複雑な世界観を根底としながら、【世界の終り】のその光景を壮大なイメージで描き切るのです。いやあしかし、神話・民話だけではなく、かの永井豪の傑作黙示録マンガ『デビルマン』すら彷彿させるではないですか、人の心を持った悪魔だけに。そしてこれまで刊行された『ヘルボーイ』の物語の中でも最もスペクタクルに富み、最も破滅的な情景が次々と描かれてゆき、物語の大団円を予感させる醍醐味に溢れているんですよ。 《レヴュー》

ヒットマン2 / ガース・エニス

生活感溢れるハードボイルド・マッチョな殺し屋を主人公とした『ヒットマン』第2弾。なにしろダメダメヒーロー軍団「セクションエイト」の脱力感に満ちた超無能力ぶりが凄い!

どれもメチャクチャなお話ばかりで楽しいことこの上無いが、やはり特筆すべきなのはダメダメヒーロー軍団「セクションエイト」が集結する「エース・オブ・キラーズ」だろう。一部でかなり話題になった「犬溶接マン」を擁する「セクションエイト」はこの辺とかこの辺のまとめとかにその存在を知った人々のパニックの程がうかがわれるが、なにしろ「酔って酒瓶で頭を殴るマン」だの「窓から投げ捨てるマン」だの「誤射マン」だの「変態性欲ソドムマン」だの「フランス人マン」だの「貧乏揺すりマン」だの「痰吐くマン」だの、「いやそれヒーローじゃなくて単なるキチ〇イとか可愛そうな人とかその辺のオッサンだし」という方々がヒーローを名乗って大活躍しちゃうのである。 《レヴュー》

■フォトグラフ / エマニュエル・ギベール(著)、ディディエ・ルフェーブル(原案・写真)

フォトグラフ (ShoPro books)

フォトグラフ (ShoPro books)

国境なき医師団(MSF)」に随行してアフガニスタンに向かったフランス人写真家のルポルタージュ。グラフィック、内容とも圧巻でした。

この旅を通してディディエは、アフガニスタンに住む人々がこうむる現状の、そのあまりの痛ましさにくずおれ悲嘆と無力さに打ちひしがれる。しかし彼は思い出す、悲嘆している場合ではないと、彼が随従した医者たちが人々を救うためにこの地にいるように、彼は写真を撮り、写真を撮り続けることでこの惨禍を世に知らしめる役割を負ってこの地にいるのだと。それがカメラマンである自分の仕事であるのだと。そしてその旅の工程において様々な困難があったにもかかわらず、ディディエは「(アフガニスタンに)また行きたい」と呟くのだ。実際、ディディエはこのルポルタージュでの旅の後も8回アフガニスタンに旅立ったのだという。なぜならディディエは打ちのめされたからだ、このアフガニスタンという国の真の美しさに、そしてこの厳しい国で生きる人々の笑顔に。 《レヴュー》

チェルノブイリの春 / エマニュエル・ルパージュ

チェルノブイリの春

チェルノブイリの春

バンドデシネ作家エマニュエル・ルパージュが、チェルノブイリに滞在した2週間の間に体験し感じたことを描いたコミック作品。死の世界と思われていたチェルノブイリは、実は生命に溢れた場所となっていたんです。

放射能による死の世界である筈のチェルノブイリは、今、百花繚乱の植物が生い茂る、自然の宝庫と化していたのだ。ルパージュは戸惑う。人類の愚かさ、原子力産業の危険さを描こうと意気込んでチェルノブイリに入ったルパージュが見たものが、目を奪うような自然の美しさだったからだ。そして、チェルノブイリの周辺で生きる人々が、危険と絶望的な状況の中にあるにもかかわらず、生き生きとして明るく柔和に生きていたからだ。その戸惑いは、美への追及が人よりも秀でる画家の目とその感受性からである、ということもできるだろう。事実チェルノブイリとその周辺は永劫として人の立ち入ることのできる土地ではなく、その周辺で生きることに生命の保証は何もないのは確かなのだ。美しい自然の背後にある"死"を描くべきなのに、「描くことは「ものの表皮をめくること」」である筈なのに、ただただ美しい自然に、ルパージュは打ちのめされるのだ。 《レヴュー》

デッドプール:スーサイド・キングス / マイク・ベンソン、アダム・グラス、カルロ・バルベリー、ショーン・クリスタル

デッドプール:スーサイド・キングス (MARVEL)

デッドプール:スーサイド・キングス (MARVEL)

「不死身のハチャメチャお調子者ヒーロー」デッドプールの活躍を描いたコミック。肩の力の抜けた軽快さがよかったですね。

物語はとある陰謀に巻き込まれ絶体絶命のデッドプール!といったもので、さらにデアデビルスパイダーマンパニッシャーの客演もあり、物語を賑やかせてくれる。あとデッドプールというキャラにはあまりしがらみがないのがいい。実際の所、その誕生については結構陰惨なドラマがあるのらしいのだが、そういった部分にこだわらず、あくまでアホを貫き通す、という吹っ切れ方もいい。そしてこのコミック、なにより薄くて安いのがいい。いやー最近の海外コミックって分厚い上に高くてさあ…。それにしてもデッドプール、頭を吹き飛ばされても復活するって、インチキを通り越した不死身振りがなんとも凄まじいな。 《レヴュー》

■テクノプリースト / アレハンドロ・ホドロフスキー[作] ゾラン・ジャニエトフ[画]

テクノプリースト

テクノプリースト

アレハンドロ・ホドロフスキー原作のスペースオペラ・コミック。どこまでも野蛮で残酷な運命を、めくるめくような華麗さで描いた作品であると同時に、ホドロフスキーの自伝的側面も併せ持っているんですね。しかし自伝がスペースオペラって、さすがホドロフスキー

「ゲームにより支配された宇宙」というとどこかP・K・ディックの描くSF作品のような不条理めいた世界を想像するが、この物語がホドロフスキーの自伝的色彩の濃厚な作品であることを考えると、その暗喩されているものが理解しやすい。すなわちこの『テクノプリースト』、物語における"ゲーム"を、"映画"と読み変えると、たちどころに物語の描こうとするものが見えて来るのだ。人々の精神性を高めるためのゲームを作ろうという野心に燃えた青年が戦うのは、宇宙を支配するテクノ教団が製作する即物的で享楽的なゲームだ。これはそのまま革命的で深くスピリチュアルな映画を撮ろうとしたホドロフスキーと、彼を取り巻いていた映画産業の即物的で享楽的な映画製作態度との戦いということができるのだ。《レヴュー》

■KOMA - 魂睡 / ピエール・ワゼム、フレデリック・ペータース

KOMA―魂睡

KOMA―魂睡

現実世界を陰でコントロールするもう一つの世界。その異世界に足を踏み入れた少女の冒険を描く物語。

アディダスと彼女の父は煙突掃除人だ。懸命に働く父の背中に誇りを覚えつつも、アディダスにとってそれはきつく辛く、実入りの少ない仕事なのは確かだ。そして彼女の母は既にいない。これが運命なのなら甘んじて受け入れるしかないのかもしれない。しかしアディダスは知ってしまったのだ、この運命は悪しきものによって作られた運命だったということを。少女の冒険はこうして始まる。いわゆる現実世界とメタ世界を描く作品なのだが、一見現世と霊界のメタファーのように思わせながら、実はこの二つの世界が物理的に地続きになっており、そこを行き来できるばかりか、メタ世界を奪おうとする人間の勢力が存在する、といった部分で面白い作品となっている。さらにメタ世界には高次のメタ世界が存在することが描かれるが、時間と空間を超越したこのメタ・メタ世界(?)の登場により、物語は形而上的な様相さえ呈し始めるのだ。 《レヴュー》

■リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン / アラン・ムーアケビン・オニール

リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン

リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン

ビクトリア朝時代を舞台に、アラン・クォーターメン、ネモ船長、ジキル博士とハイド氏、透明人間、さらに吸血鬼ドラキュラのヒロインが主人公となり、大英帝国の繁栄を脅かす魔人フー・マンチューの陰謀を討つ!というスチームパンク・テイストの作品。傑作!

こうして、ありとあらゆるフィクションの要素が混然一体となりながら、産業革命によって異形の科学的発展を遂げたもうひとつの大英帝国の、琥珀色に染められた華麗な物語が展開してゆくという訳なんですね。そしてクライマックスは善と悪とが入り乱れ、ロンドン大空襲を思わせる凄まじい大戦闘へと突入し、恐るべきスペクタクルを見せてゆくんです!アラン・ムーアの作品は数々読みましたが、ひょっとしたらこれは最高傑作かもしれないですね。続編もあるらしいので是非読みたいです。 《レヴュー》

監獄学園(プリズンスクール)(1)〜(15) / 平本アキラ

…とまあ、とてもカッコイイ海外コミックの後に下ネタ満載のとても下品でしょーもない日本のコミックであります。しかし下ネタも下品もしょーもなさもここまで極めればさすがとしか言いようがないんですよ。とにかく笑って笑って笑いまくったアホアホ作品、今年こんな下らない漫画に出会えてオレは幸せでしたッ!!

このように、『監獄学園(プリズンスクール)』はありがちな学園エロエロラブコメディに見せかけながら、その実態は学園エロエロ変態コメディとして成立しているのである。いやこいつら絶対おかしいって。そしてこの漫画のさらに凄いところは、そんなお下劣&しょーもない内容のコメディを、シリアスで非常に巧みな描線でもって描いている、ということなのである。要するに絵が上手いのよ!なにより女の子がみんな可愛い上にエロエロなのよ!なお今現在最新刊の14巻では既に《裏生徒会篇》が一応落ち着いて、今度は《表生徒会篇》でまたもや一波乱起こってるんだけど、若干ギャグのトーンが落ちてきていたのを徐々に盛り返してきている最中って感じかな。そういわけでこの『監獄学園(プリズンスクール)』、普通にドスケベな方も物凄いドスケベな方も、ドスケベならきっとゲラゲラ笑って読めるだろうから、早速アマゾンでポチるといいと思うんだよ! 《レヴュー》

■天国の魚(パラダイス・フィッシュ) / 高山和雅

天国の魚

天国の魚

知る人ぞ知るSFコミック作家、高山和雅がまだ活動していて、しかもこんな傑作を世に送り出している、というのはとても嬉しかったなあ。

この『天国の魚(パラダイス・フィッシュ)』は小惑星衝突により地球規模の大災害が起こりつつある日本のどこかの孤島から始まる。島に残された主人公たちはそこで過去に残された核シェルターに逃れ危機を回避しようとしていた。果たして小惑星は地球に衝突、激しく揺れるシェルターの中で気を失った主人公たちが目覚めると、なんとそこは1970年の新宿だった…というストーリー。こうして人類滅亡テーマと思わせながらタイムスリップSFとして始まるこの物語、実はこの後もさらに二転三転、〇〇が〇〇して〇〇が登場し、舞台は宇宙へと広がってハードSFの様相すら垣間見せる、というとんでもない展開を見せるのである。そうしたSF作品でありながら、物語の根幹となるのは決して結び付き合えない人と人の心の悲しさであったりするのだ。 《レヴュー》