幻想都市のペダンチズム――『闇の国々II』

闇の国々II / ブノワ・ペータース、フランソワ・スクイテン

闇の国々II (ShoPro Books)
この世界の裏側にあるもう一つの都市群。その謎に満ちた歴史と威圧的にそそり立つ建造物の山々、そして都市そのものに翻弄される人々を幻想的に描く傑作BD『闇の国々』の2巻が発売された。ブノワ・ペータースによるミステリアスなストーリー、フランソワ・スクイテンの手による緻密かつ巨大なスケール感を感じさせる鬼気迫るグラフィック、もはやBD界の一級品と呼んでいい作品集だが、この2巻ではその魅力をさらに増したものとなっている。まずなんといっても殆どの作品がカラーだというのが嬉しい。1巻目の重々しいモノクロのグラフィックも雰囲気があったが、やはりカラーの持つ美しさには捨てがたいものがある。そしてカラーである分、より一層幻想味が増し、さらに1巻目よりも縦横な軽やかを持つ作品が多く感じた。
それではざっと作品を紹介。
「サマリスの壁」は訪れた者が二度と帰ってこない都市サマリスの調査を命じられた男のその街で知った恐るべき事実を描かれる。交通機関を換えながら幾日もかけなければ辿り着かないサマリスの街は時空さえ超越しているようにすら感じ、迷宮化してゆく都市の不気味さと白日夢のような物語はどこかボルヘスを思わせるものがある。
「パーリの秘密」は未完の連作短編。パーリの町の裏側に張り巡らされた秘密の通路を追われる男の物語と原因不明の頭痛に悩まされる男が地面の下から掘り出した異様な物体の謎を描く。これも「サマリスの壁」同様、あたかも臓物のごとき都市のもうひとつの隠された姿を露わにしてゆく。
「ブリュゼル」は混乱を極める都市開発により次第に崩壊してゆく都市ブリュゼルを舞台に、紛糾する官僚主義に巻き込まれた一人の男が出会う様々なドタバタを描く連作短編。冒頭には「ブリュッセルからブリュゼルへ」というタイトルの短文が添えられているが、これは現実のブリュッセルの歴史を紐解きながら、この街がどれほど混乱した都市計画によって作られたものであるかを浮き彫りにしたテキストで、「ブリュゼル」の元ネタとして作品理解に繋がる物であるのと同時にひとつの都市論として十分興味深い。さて本編だが、『闇の国々』第1巻の重々しい筆致に比べ、この「ブリュゼル」においてはナンセンス極まりない軽妙なテンポで物語が進んでゆき、『闇の国々』の物語の魅力をなお一層広げるものとして非常に楽しめた。都市計画を巡り幾多の人々が自らの主義主張を優先させ、それにより都市は次第に複雑怪奇な迷宮へと化してゆく。ここでは都市はあたかも生物のように増殖し一つの生態系のように重層的に折り重なりあいそして過剰となったそれはあたかも癌細胞に侵されたかのように死滅してゆく。その生物の如き都市を成立させたのは都市を巡る混乱した言辞であり都市を成立させるためのいびつな観念でありそのペダンチズムであるのだ。「ブリュゼル」はその妄念の集積が、最終的に都市を死に追いやる結果となることをアイロニカルに表現している。
「古文書館」はこの世界の裏に隠されたもうひとつの世界の存在を裏付ける古文書を発見した男が、その「闇の国々」に次第に魅せられてゆく様子を描く。この「古文書館」は見開きの1ページ目に男の語りを、2ページ目を男が目にした「闇の国々」を描く1枚絵が載せられたいわゆる絵物語の体裁となっているのだが、このカラーの一枚絵というのが非常に完成度の高い美しい作品で、幻想的かつミステリアスな「闇の国々」の世界の一端を垣間見せている。
この『闇の国々II』はカラーになったことで"読む画集"と言ってもいいほどの圧倒的なクオリティとボリュームを誇っており、ページを繰るごとに目を奪う溜息の出るほど美しいグラフィックの数々を眺めるのはもはや快楽と言ってもいいだろう。



闇の国々II (ShoPro Books)

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