美しくて不思議な影絵の御伽噺〜映画『夜のとばりの物語』

夜のとばりの物語 (監督:ミッシェル・オスロ 2010年フランス映画)


フレンチ・アニメーションの巨匠、ミッシェル・オスロ監督の最新アニメ、『夜のとばりの物語』を観て来ました。
ミッシェル・オスロはとても好きな監督で、これまで製作され日本でも上映されている『キリクと魔女*1』『プリンス&プリンセス*2』『アズールとアズマール*3』は、どれも美しい映像と寓意に満ちた物語の展開する傑作ばかりです。今回のこの『夜のとばりの物語』は、オスロ監督の前々作『プリンス&プリンセス』のスタイルを踏襲した、"影絵のような映像で綴られる御伽噺のオムニバス"といった形で進んでゆきます。影絵とは言っても実際はCG処理したもので、極彩色の背景の上で黒抜きした人物が物語を演じる、という形になっているんですね。背景の美しさもさることながら、黒抜きした人物像はそのフォルムが実に端整で美しく、こういった形で人物造形が抽象化されている為に"御伽噺"というファンタジー世界にすっと入っていけるんですね。そしてその物語も、御伽噺とは言っても決して子供向けに作っておらず、むしろ大人にこそ伝わるような苦さや残酷さが作品の中に見え隠れします。しかし勿論、御伽噺の楽しさも十二分に備えているんですよ。
この『夜のとばりの物語』は以下の6編の物語によって構成されています。

「狼男」…ヨーロッパ中世。満月の晩に狼男と化す騎士とある姉妹の物語。
「ティ・ジャンと瓜ふたつ姫」カリブ海の島。死者の国に迷い込んだ青年が出くわす様々な難題。
「黄金の都と選ばれし者」…古代アステカ。生贄の少女を恐ろしい守り神から救おうと決意した青年。
タムタム少年」…アフリカ。太鼓好きの少年が授かった魔法の太鼓を巡る騒動。
「嘘をつかなかった若者」チベット。言葉を話す馬と決して嘘をつかない青年を騙そうと近づく他国の王女。
「鹿になった娘と建築家の息子」…ヨーロッパ中世。暴虐な魔術師に動物に姿を変えられた娘を救うため妖精の館へ旅立つ青年。

お話は基本的に、一組の男女が中心となり、主人公である青年がなにがしかの試練を受け、そしてもう一人の主人公である少女がなにがしかの形で青年に絡んでゆく、という構成になっています。「一人の若者と貴い生まれの少女との出会い」、というある種のボーイ・ミーツ・ガールの物語として観ることも出来ますが、そこには御伽噺らしい様々な寓意が込められているんですね。即ち、「その後二人は幸せに暮らしましたとさ、おしまい」というだけの物語なのではなく、主人公の青年が降りかかる試練にどう対処し、そこからどう自分の生き方を見つけてゆくのか?というのが全ての物語の中心となるテーマなのだと感じました。つまり、これらは一つの成長物語なんですね。
簡単に物語を紹介すると、「狼男」での献身的な愛、「ティ・ジャンと瓜ふたつ姫」の次々と難題を解決してゆく軽妙さ、「黄金の都と選ばれし者」の豊かさと生命の貴さのどちらをとるかという命題、「タムタム少年」のドラムで踊り出す人々の楽しさ、「嘘をつかなかった若者」のあまりにも重たい二者択一、「鹿になった娘と建築家の息子」の王道とも言えるファンタジー物語、それぞれがバラエティに富み、どの作品も見所が一杯です。そしてその舞台も、世界の様々な国が登場し、それらの国ごとの美しい美術が用意され、そういったエキゾチズムも作品の魅力の一つとなっていますね。
それぞれの物語には1,2分程度のイントロダクションが用意されています。それは現代?のどこかの劇場らしきところで、一組の若い男女と一人の中年男性が「これからどんなお話を物語ろうか?」と相談するところから始まります。彼らはお話の内容と一緒に自分の演じる役柄や衣装を決め、そして本編の物語へと暗転してゆくんですね。つまりこの映画の6編の短編は、全て同じ"役者"に演じられたお話、ということになっているんです。この3人が何者なのかは分からないし、彼らがどんな目的で物語を演じているのかも説明されませんが、関連性の無い幾つもの物語の繋ぎの役目として存在しているのでしょう。
『アズールとアズマール』の鮮やかに踊る色彩美や緻密極まりない構成と比べると、『夜のとばりの物語』は"影絵のような映像”ということもありとてもシンプルでライトな作りになっており、ある意味"カジュアル"な、いわば小編といった作品にはなっています。もともとこの『夜のとばりの物語』は『プリンス&プリンセス』と同じくTVのアニメ・シリーズから派生した新作アニメなのですが、つまりはTVシリーズのような簡易で低予算で、その分時間を掛けずに製作できる、といった強みから作られた作品なんですね。ですから『アズールとアズマール』の重厚な物語を期待すると若干物足りなく感じるかもしれませんが、ミッシェル・オセロをまだ知らない方には、その素晴らしいアニメ世界に触れる入門篇として絶好の作品ではないかと思います。作品は全部で84分なのですが、全ての物語が終わってエンドロールが流れたときに、自分はもっと観たい、もっとずっとこの素晴らしい作品世界に浸っていたい、と思えてなりませんでした。とにかくいろんな方にご覧になって頂きたいアニメ作品でしたね。
ところで自分は3Dで観たのですが、もともと"影絵"という平面的な画像構成の素材をあえて3Dで表現する、そのこと自体が面白く観る事が出来ました。確かに2Dで充分と言えない事も無いのですが、"影絵"の人物の背景が何層かのレイヤーで奥行きを持たされて立体化され、従来の3D・CGアニメとはまた別の味わいがあるんですよね。つまり限りなくリアルに近づくための3Dというよりも、絵本のような画像を、今度は飛び出す絵本のような画像に変換した、そういった面白さのある3Dでしたね。

夜のとばりの物語 予告編



映画とは関係ないですが、ミッシェル・オスロが製作したビョークのPVなんていうのもあります。

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