"善良王"ジョージ6世の生涯〜映画『英国王のスピーチ』

英国王のスピーチ (監督:トム・フーパー 2010年イギリス・オーストラリア映画)


この映画は吃音に悩むイギリス国王が言語療法士の助けを借りながら、自らの葛藤やコンプレックスを克服することによって吃音を矯正し、最後にドイツ開戦の不安に揺れる国民たちに力強いメッセージを送るという、実話を元にした物語だ。主人公となるイギリス王の名はジョージ6世アルバートフレデリック・アーサー・ジョージ・ウィンザー(1895-1952)。映画が始まり「世界の4分の1を支配していた大英帝国」と告げられると、改めて当時のイギリスはとんでもない国だったのだなと思い知らされる。つまり「英国王のスピーチ」とは正確には「イギリス国王、アイルランド国王、インド皇帝、その他海外自治領の国王のスピーチ」ということになるのだ。それにしても皇帝とは。スゲエ(←アホすぎる感想)。

いつもどんよりとした天候のイギリスらしく、映画の中で見る事の出来る光景はどれも薄暗く寒々しい。こんな国がかつて世界の覇者であったというのも、気候の陰鬱さに耐え忍ぶ忍耐力が、根気と底力、地道に物事をやり遂げる腰の据わりの良さを生み出していたからなのかもしれない。そしてこの映画もそういったイギリス人気質を思わせる、派手さはないけれども、じわじわと力を溜め込んでいくかのような、非常に確実で安定感の強い物語展開を見せてゆく。言ってしまえば予告編や宣伝で得られる情報から想像の付く物語以上のものは無いのではあるけれども、逆にそれが安心して観る事の出来る手堅さを生み、観るものの期待にきちんと応えられる王道的な人間ドラマとして完成しているのだ。確かに数々の賞を取ったのも頷けるような実にまとまりの良い映画だという事が出来る。

この映画の優れたところは主人公である英国王ジョージ6世を親しみやすく人間的な陰影に富んだ人物として描いたことだろう。実際のジョージ6世も傑物として名を残しており、第2次世界大戦を通して国民を勇気付けたその行動から「善良王」とまで呼ばれていたのらしい。イギリスの王族に何の興味も無いオレのような輩でさえ、映画で描かれるジョージ6世の、吃音の原因ともなった幼少時からの葛藤や苦悩は、とても感情移入して観ることが出来た。彼の抱える問題は、強権的な父親の存在や虐待、生来持つ内気な性格など、王族でなくとも誰でもに起こりえるものであり、そういった葛藤と苦悩を、時としてユーモアを交えながら、懸命に乗り越えてゆこうとする部分に、万人が共感しやすいドラマが生まれた部分があるのだろう。そしてそのような苦悩を生み出した家族を、それでも愛し信頼し続けようとするジョージ6世の姿が素晴らしい。

もちろん"相方"の言語療法士ライオネルの存在も忘れてはならない。王族に怯むことなく「対等」の関係で治療を続けようと躍起になる彼もまたジョージ6世と同じく頑固で自分を曲げない男だ。この男同士のぶつかり合いと次第に打ち解け信頼を深めてゆく過程はひとつのバディ・ムービーとして楽しむこともできる。二人を演じるコリン・ファースジェフリー・ラッシュの丁々発止のやりとりも見事だが、ジョージの妻エリザベス役のヘレナ・ボナム=カーターもいつものエキセントリックな雰囲気を脱し夫である国王を影になり日向になり支える妻の姿を好演している。そして数々の困難を乗り越え、戦争を目前にした国民を励ます国王のスピーチへと収斂してゆくクライマックスは、ただ上手く喋る事ではなく、真に伝えるべきことを伝える為に全ての労苦があったのだということを気付かせる。大戦中のジョージ6世は、ドイツからの爆撃を受けるロンドンを離れることなく、バッキンガム宮殿で国民と同じ配給食を食べながら、人々を激励していたのだという。こういった希代の人物の半生を知ることが出来るという点でも、優れた映画であった。

英国王のスピーチ 予告編


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