時間と空間を飛び越えた故郷探し〜映画『LION ライオン 25年目のただいま』

■LION ライオン 25年目のただいま (監督:ガース・デイビス 2016年オーストリア・アメリカ・イギリス映画)


インドのある村に住む5歳の少年が兄とはぐれてしまい、夜半ということもあってたまたま停車していた電車に乗り込み眠りこけてしまう。しかしそれは長距離回送電車だった。長い長い距離を降りることもできず助ける者もおらず、そして着いたのは千数百キロ離れた見知らぬ街だった……。映画『LION ライオン 25年目のただいま』はこんな具合に始まります。

少年サルー(サニー・パワール:幼少時)が降り立ったはインドの大都市カルカッタ(現コルカタ)。同じインドでもサルーの話すヒンディー語ベンガル語が中心のカルカッタではまるで通じません。大都市では子供を売り飛ばす業者が暗躍し、サルーはそれから逃げまどいながらカルカッタの街を放浪します。やっと警察に保護されるも、サルーは自分の生まれた村の名前すらうらおぼえで、全く捜索の役に立ちません。そして孤児院に入れられたサルーは、ある日、オーストラリア白人の夫婦に里子に出される事になります。それから25年、立派な青年に成長したサルーでしたが、故郷と母の面影を今だ忘れることが出来ません。そんなある日、友人の一言から、彼はグーグルアースを使って故郷を探すことを思いつくのです。

映画『LION ライオン 25年目のただいま』は、こんな一人の青年の数奇な体験を基にして書かれたノンフィクション本『25年目の「ただいま」 5歳で迷子になった僕と家族の物語』を原作として製作されています。そう、この物語、なんと実話なんですよ。

成人のサルーを演じるのは『スラムドッグ$ミリオネア』でインド人少年を演じたデーブ・パテル。『スラムドッグ』の頃からは見違えるようなイイ男に成長しています。サルーの里親をニコール・キッドマンと『ロード・オブ・ザ・リング』のファラミア役、デビッド・ウェナムが演じています。二人ともオーストラリア出身と言うのが出演の切っ掛けでしょうかね。サルーの恋人役を『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』のルーニー・マーラが演じているのも嬉しいですね。さらにチョイ役ではありますが、インド映画の名バイプレイヤー、ナワーズッディーン・シッディーキーが登場するのなんかはインド映画ファンにとって注目でしょう。そう、この作品、結構有名俳優で固められているんですね。さらに製作は『英国王のスピーチ』の製作チームが関わっているですね。

最初に予告編を観た時、オレはてっきりオーストラリアが舞台の中心として描かれるのかと思ったんですが、観てビックリ、この作品はそもそもの発端であるインドでのシーンを驚くほど丹念に撮っているんですよ。全体的にも半分はインドでのシーンで成り立っているんじゃないでしょうか。最近はインド映画にもすっかりご無沙汰のオレではありますが、こんな形で劇場でインドの光景をたっぷり見られるなんて思ってもみませんでした。もともと豪/米/英製作の映画ではありますが、そんな部分で、インド映画ファンの方にも是非観てもらいたい作品でもありますね。

ネタバレというわけでもありませんが、そもそもこの物語は「インドで迷子になった少年が25年後に故郷を探り当てる物語」です。予告編にもありますが、グーグルアースを駆使し、当時の電車の走行速度を頼りに到着地カルカッタからの半径を割りだし、さらに当時のほんの僅かの記憶から、自分の故郷や出発点の特徴を当てはめてゆくんです。こういった部分がちょっとミステリー仕立てになっていて面白いんですね。主人公サルーは、自分の住んでいた村を「ガネストレイ」と記憶していましたが、こんな名前の村は存在しておらず、そんな部分がまたミステリーっぽいんですよ。25年前なら考えられなかったテクノロジーで行われる探索の旅、それも、グーグルアースという身近なインターネットテクノロジーでそれを行うことが出来た、という部分に驚嘆しますが、しかしこの作品は、こういったパートを特別スリリングに描く、というものではありません。

むしろこの映画では、サルーとその里親となった両親、さらにサルーの恋人の苦悩が中心となって描かれます。サルーは故郷に帰って母や兄弟の顔を再び見たい、という強い想いがあります。自分を迷子にしてしまった兄が今深い自責にかられていないか、と思い悩みます。しかし同時に、それが育ての親である両親への裏切り行為ではないのか、という苦悩が存在するんです。そしてサルーの育ての母、スーです。彼女はサルー以外にインド人の里子を育てていますが、彼は様々な問題を抱えています。さらにスーが、遠く離れたインド人の孤児をなぜわざわざ里子に持とうとしたのか?という事が語られ、人生の持つ不思議な巡り合わせを感じさせます。こういった複雑さが、単なる故郷探しの物語に留まらない奥深さをこの物語にもたらします。

そしてもうひとつ強く印象に残るのは、映画のあちこちで差し挟まれる、インドやオーストラリアの、ドローン撮影されたと思われる俯瞰映像でしょう。それらはどれも荒々しく、あるいは美しく、観る者の心を捉えるでしょう。それにしてもこれらの光景はなんなのでしょうか。それは、自分の「本来居るべき場所」を求めて、主人公ダル―の魂が、鳥のように空を舞っている、その視点だったのではないでしょうか。ところで、タイトルに「ライオン」と付いていますが、これはどういうことなのでしょう?その謎が解かれる瞬間もまた、この映画の見所の一つです。


25年目の「ただいま」

25年目の「ただいま」

スラムドッグ$ミリオネア[Blu-ray]

スラムドッグ$ミリオネア[Blu-ray]