WATCHMEN ウォッチメン / アラン・ムーア(作) デイブ・ギボンズ(画)

スーパーヒーローが実在するもうひとつの世界。正義の味方として活躍していた彼らは政府のヒーロー廃止法によりその活躍の場を奪われ、それぞれが引退、または合衆国の特務機関員として新たな人生を歩んでいた。そんな中、かつてヒーローだった一人の男が殺される。そして世界では核戦争の危機が間近に迫っていた。

映画化され劇場公開の迫っている『ウォッチメン』の原作となったコミックである。コミックのヒーローが実際に活躍していた架空の世界、ヒーロー殺人事件が起こった1985年を中心に、様々なヒーローたちの現在と過去が語られ、それらが交錯しうねりを持ちながら驚愕のラストへと突き進んでゆく。ヒーロー殺しの犯人を追うミステリーと、冷戦体制が飽和を迎え第3次世界大戦の影が人々を脅かす終末論的世界観。そしてさまざまなヒーローたちの栄光と影、挫折と虚無。重厚で文学的なその作風は欧米においてアメリカン・コミックの金字塔でありマイルストーンと評され、コミックでは唯一のヒューゴー賞を受賞している。

ウォッチメン』に登場するヒーローたちはそのままアメリカン・ドリームとその挫折を体現したものといっていいだろう。正義というものがまだ単純だった時代に活躍していた彼らは、ケネディ暗殺、ベトナム戦争キューバ危機など複雑に政治的な事件が重なり、そして正義というものの解釈が曖昧になった(作中内の)現代においてあまりにも無力であり無意味な存在になってしまった。ヒーロー廃止法によって引退を余儀なくされた彼らヒーローの姿から始まるこの物語は、即ち「正義は既に費えた」というところから物語られるのだ。

そして世界を覆う米ソ冷戦の不安と核戦争の恐怖がこの作品のもうひとつのテーマとなっている。しかし今読むとこのテーマが若干古臭く感じてしまう。『ウォッチメン』シリーズ12巻が発表されたのは1986年から1987年にかけてであったが、冷戦構造の終結は1989年まで待たなければならなかった。ただし80年代半ばというと政情的にはソ連ペレストロイカの真っ最中であり、東欧に雪解けの空気が生まれつつあったが、アメリカではレーガノミックスの崩壊、そして作者アラン・ムーアの生地であるイギリスではサッチャリズムの破綻が見えつつあり、政治的経済的に決して明るい見通しのあった時代ではなかったであろう。以下ネタバレあり。

こういった時代性の元に描かれた作品だとしても、時期的に東西冷戦をテーマにしたこの物語のクライマックスが、ある意味911テロを思わせる惨事へと発展していくさまには慄然とさせられた。正義とは何か、という命題が、個人の、あるいは少数の集団の、偏った大義により成された時に巻き起こされた悲劇、と言った点で、この作品は911テロが引き起こした、新たな世界秩序の行方を予見していたようにさえ思える。そしてこの物語では世界平和のためのテロリズムが正当化されるという恐るべき結末を迎えるのだ。タイトル『ウォッチメン』は"誰が見張りを見張るのか?"という古代ローマの詩からとられたものだというが、「誰が正義の見張り番=ヒーローを監視するのか?」という意味であると同時に、「誰が覇権国家アメリカの成す正義と名づけられた行為を見張るのか?」ととる事ができるのかもしれない。