人生は糾える縄の如しとは言うけれど取り合えず旨いビールで一杯やろうや〜映画『英国王給仕人に乾杯!』

■英国王給仕人に乾杯! (監督:イジー・メンツェル 2007年チェコスロバキア映画)


1963年、一人の男がチェコスロバキアの監獄から出所する。そして彼、ヤン・ジーチェ(オルドジフ・カイゼル)はこれまでの半生を物語り始める。"幸運には不運が、不運には幸運が、いつもドンデン返しで待っていた"と。

駅のソーセージ売りだった彼にはいつの日か一攫千金を得てホテル・オーナーになるという夢があった。田舎町のレストラン給仕見習いを始めた彼は持ち前の要領の良さから棚から牡丹餅のような幸運が続き、終いにはプラハの超一流ホテルの主任給仕まで登りつめ、さらに当時チェコスロバキアを支配したナチス・ドイツの計らいで、ゲルマン民族の優性思想に基づいて運営される別荘まで任される事になるが…。

チェコスロバキアという国の歴史的変遷と一人の男の数奇な運命を重ね合わせたような物語である。それにしても不思議な映画だ。主人公ヤンは「金と女にしか興味が無い」と言い切り、夢であるホテル・オーナーへの道をとんとん拍子で突き進んで行くことになるが、そこには出世主義や拝金主義のギラギラした欲望やルサンチマンを微塵も感じさせないのだ。まるでわらしべ長者のような偶然の幸運が積み重ねられてゆき、そしていつしか、なんとなく幸運を手にしているのだ。

ナチスが来ようが国家が共産主義に変わろうが全く無思想であることを貫き、いつでもどこでも都合良く漁夫の利を得、調子が良くて寄らば大樹の陰といった風情で生きる様はよくよく考えるとひどくセコイ生き方でもある。しかしこんな風に自分のことだけにしか興味の無い男だが、暖簾に腕押しでいつもひょうひょうと生き延びる様は、なぜか魅力的ですらある。

この究極のようなミーイズムと快楽主義は、徹底的に自己の人生に対して肯定的であろうとする姿なのかもしれない。それはある種利己的なものではあるが、実は自らの生存原則に忠実であろうとした事の結果であり、他人の為とか国家の為とかいう大義名分に身を捧げて生きるのではなく、自分が幸福であることのみを貫こうとするのは、どこまでも自らに正直であろうとする真摯さの表れとは言えまいか。

こんな風に主人公の性格をほじくり返してみると実に下品な人間としか見えないのに、全くそう感じさせないのは、この自己肯定の強さと割り切りが良く物事への拘りが薄く、そして移り身が早く腰の軽いフットワークがあったからだろう。取り合えず夢を叶えることが出来た主人公だったが、案外彼はこの夢が実現しなくとも、結構幸福に生きていたような気さえする。なんかこの嫌味の無さ、クレイジーキャッツ植木等が映画で演じてたキャラと似ているなあ。

オレの歴史の知識はひたすら浅いものだが、映画を観てから調べた中で見かけた「戦わない国家」という言葉はどこかこの主人公の内面と通じているような気がした。そしてかの国の美しい街並みや優雅さ、さらに酒と食事の美味そうなことは、チェコスロバキアという国の成熟ぶりを伺わせ、それでこんな物語も可能だったのではないかな、とちと思った。一つの国家として様々な苦渋の歴史はあったにせよ、映画ラストの、取り合えず旨いビールがあれば言う事なしさ、という締めくくりは、人生を謳歌しつくそうというこの国の腰の強い国民性が現れていたのかもしれない。

■I Served the King of England Official Movie Trailer