身分を奪われた冷血独裁者がニューヨークの街を大徘徊!!〜映画『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』

ディクテーター 身元不明でニューヨーク (監督:ラリー・チャールズ 2012年アメリカ映画)


お下劣ギャングスタ『アリ・G』、頓珍漢カザフスタン・ジャーナリスト『ボラット』、おホモなヌメヌメ・ファッション評論家『ブルーノ』等々、狂ったキャラの極北をおならプージェット推進で爆走し続ける奇人変人コメディアン、サシャ・バロン・コーエンの新作は極悪冷血でちょっとおバカな中東の独裁者が主人公の『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』。
北アフリカのワディヤ共和国で殺したいときに殺し奪いたいときに奪い犯したいときに犯す、愉快でお気楽な独裁者の春をハナクソほじりながら謳歌しまくっていたアラジーン将軍(サシャ・バロン・コーエン)。今日も楽しく核ミサイルを製作し、世界を火の海に変える準備をしていたところ、国連から「核施設あんだろコラ?つべこべぬかすと空爆しててめえの国石器時代に戻すぞコラ?」と脅かされ、渋々ニューヨークで釈明することに。しかしそのニューヨークで参謀タミール(サー・ベン・キングズレー)の裏切りに遭い、拉致されトレードマークのヒゲを剃られ、ホームレス姿で街に放り出された独裁者アラジーン!「我輩の身分を取り返し、人々が望んで止まない残忍凶悪な独裁者として復活せねば!」アラジーンを政治難民と勝手に勘違いした女性活動家ゾーイ(アンナ・ファリス)の計らいでたわけた自然食スーパーに勤務することになったアラジーン、彼は独裁者の座に返り咲くことができるのか!?
はい、サシャ・バロン・コーエンです。相変わらず低俗です。人格劣等・品性下劣です。サイテーです。差別ギャグ連発です。人を人と思っていません。この『ディクテーター』でも自分以外はみんな虫ケラ、という独裁者キャラをドン引き一歩手前の危険なギャグを散りばめながら演じます。いやーなんなのこの下種の見本みたいな糞キャラクター?オレは…オレは大好きだッ!!
今回の『ディクテーター』は、擬似ドキュメンタリーとして制作されたこれまでの『ボラット』や『ブルーノ』と違い、最初からきちんとした脚本のある、100%のドラマとして制作されているんですね。だから『ボラット』『ブルーノ』みたいな冷や冷やさせられるドッキリカメラネタは存在しないんですが、自分の思ったことをそのまま言い、やりたいことをそのままやるという独裁者ならではの危険で独善的な言動・行動の数々は、やっぱりとってもヤヴァイ雰囲気の笑いを映画にもたらしていますね。
この物語のシナリオが可笑しいのは、独裁者アラジーンを放逐し、ワディヤ共和国を民主主義国家にするため新憲法を制定しようとしているアラジーンの元側近、タミールの正義と善意に満ちた行動を、あの手この手を使って阻止しようとする、(元)独裁者アラジーンの側に観客の視点や共感を持ってこようとしていることですね。「独裁者?なにその前時代の遺物?さっさと死んで物語終わっちまえ」ではなく、「タミール頑張れ!栄えある民主主義国家を実現してくれ!」でもなく、「ギャハハこのオッサン頭いかれてて面白え!次何また馬鹿なことやるのか観たいからついでに独裁者に返り咲いちゃいなよ」とついつい応援してしまう自分がいるんですね。
この物語は正義とか善意を賞賛するものでは決して無い、しかしだからといってそれを貶めるピカレスク・ロマンというわけでも全然無い。じゃあ何の物語か、というと、強大な権力を持つ者の滑稽さ、ということなのですが、しかしその滑稽さ、というのは前時代的な独裁国家を牛耳るアラジーン将軍、ということになるんですけど、実はそれだけではなく、独裁国家を笑い飛ばすその返す刀で、本来なら人類の理想的な政治形態だとされる民主主義をも、同時に切り捨てようとしているんですね。そしてそれはアメリカの民主主義、ということなんですね。世界最大最強の民主主義国家アメリカは、じゃあ果たして正義と善意の国なのか?ということなんですね。まあ全然そんな国じゃないことは誰もが知ってますけどね。そしてどこまでも滑稽で愚か者の将軍アラジーンの姿は、実はアメリカの権力構造の姿となにも変わらないじゃないか、とこの映画は突きつける。じゃあ民主主義っていったいなんなんだよ?というのがこの映画の問いかけなんですね。一見低俗で人格劣等・品性下劣でサイテーで差別ギャグ連発のこの映画はしかし、カミソリのように鋭利な批評をその裏側に隠し持っている。まさに秀作といえる作品でしょう。…あ、"かぶせ"の無いチンコが出てきたりもしますが!

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