虎よ、虎よ! / アルフレッド・ベスター

■虎よ、虎よ!名言集
「あたくしを勝ち取ろうとしないで…あたくしを破壊して!」
「ぼうや、おれはガリー・フォイルさ。太陽系の敵ナンバー・ワンだぜ」
「あたくしたちはお互いに怪物同士よ」
「けがらわしい!豚め!あいつを破滅させてやるぞ!」
「マンテルガイストマン!」
「アァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァ」


24世紀、人類は《ジョウント》と呼ばれるテレポーテーション能力を獲得、それにより人々はその生活様式を大きく変える事となった。そして25世紀。太陽系規模の超巨大財閥プレスタインの宇宙船《ノーマッド》は、火星-木星間の宇宙空間で爆撃され漂流していた。そのただ一人の生存者であるガリバー・フォイルは救助を持ち続け、171日目にしてプレスタイン財閥所有の輸送船《ヴォーガ》と接近、救難信号を発信するものの、輸送船はフォイルを見殺しにして去ってしまう。その時フォイルの中にマグマのように燃え立つ怒りが巻き起こった。フォイルは誓った、輸送船《ヴォーガ》とプレスタインに、必ずや復讐をすると。

1956年に執筆された本作は、異様なまでに過剰な情念を抱えた登場人物、グロテスクで不可思議に変異した未来社会、宇宙さえも変えてしまうほどにインパクトの大きなSFガジェット、うねりとろけ発狂したタイポグラフィ、これらがあたかも溶鉱炉の坩堝の中、逆上の炎で焙り焼かれ溶かされ、絢爛豪華な極彩色のモニュメントとして完成したかのごとき作品である。それは強大で強力で残虐無比なエゴが一つの形となって出現したものだと言ってもいい。全てにおいて破格であり、何もかもが狂ったようにとどめを知らない。50年以上も前に書かれた作品だが、今読んでも少しも色褪せない。いつの時代になっても、復讐の物語ほど、人の心を昂ぶらせるものはないということなのだろう。

さてここまで誉めそやしておいてなんなんだが、この物語には決定的な瑕疵が存在する。先に書いたように170日間漂流し助けを持っていた主人公が、輸送船に見捨てられた事から復讐の念を燃やすというのがそもそもの発端であるのだが、フォイルはそれから座礁した宇宙船内を修理して周り、なんとその宇宙船を動かす事が出来る様になるのである。つまりそれまで手をこまねいていたのにも拘らず、結局置き去りにされた事がきっかけで自分を救う術を見つけてしまうのだ。しかも後に記述される置き去りにされた理由を考えると、自力で脱出する方法を見出したことのほうが主人公にとって最善だったのである。つまり、この物語は、全人類を巻き込んだ壮大なる逆恨みの物語だったのだ!なんとまあ無茶苦茶な!しかし逆に、それほどまでにミソクソな無茶苦茶振りこそが、この物語の主題とも言えるわけだから、あながち構成ミスとも言えない所がまた凄い。

なにより登場人物が魅力的だ。誰も彼もが、モラルの欠片も無く利己的な理由のみで暴走し、喚き、叫び、罵り、そして人々を破滅させてゆくのだ。憤怒の男フォイルを筆頭に、傲岸たる帝王エプスタイン、その娘で氷の心を持つ盲目の女オリヴィア、放射能を身に帯びた天才科学者ソール・ダーゲンハムなどなど、皆悪魔的な人物であり、肉食恐竜が互いを屠ろうと牙を剥き出し爪を立てているかのような、まるで怪獣大戦争の如きぶつかり合いを見せるのだ。またさきのオリヴィアをはじめ半テレパスの女教師ロビン・ウエンズバリ、共に監獄から脱獄したジスベラ・マックイーンなど、フォイルと絡む女達も一癖も二癖もあり強烈な印象を残す。そんな彼らが、憎悪と哄笑と破壊を撒き散らしながら、惑星を、宇宙空間を、太陽系狭しと飛び回り、さらに時空を超え、外宇宙を超え、どこか哲学的ですらある、強力なアジテートに満ちた終局へと暴走してゆくのだ。