ゾンビ+狂ったAI+ボーイミーツガール+スペースオペラ=『イルミナエ・ファイル』

■イルミナエ・ファイル / エイミー・カウフマン、ジェイ・クリストフ 

イルミナエ・ファイル

ケイディが恋人エズラと別れた日、宇宙船団により彼らが住む辺境の惑星は侵攻を受けた。星際企業戦争に巻きこまれたのだ。 人々は3隻の宇宙船で脱出をはかるが、最寄りのジャンプステーションまでは半年以上航行する必要がある。いずれ追手の敵戦艦に追いつかれてしまうだろう。さらに、船内に危険なウイルスが蔓延していると判明する。そのうえ、船の人工知能が乗員に危害を加えようとしていた…… メール、チャットや軍の報告書、復元された文書ファイルでつづられた異色SF

SF小説『イルミナエ・ファイル』、まず600ページのレンガ本であることと、価格が4300円もしやがるという点で非常に敷居を高く感じるかもしれない。しかし値段のことはさておき、 内容については相当読み易くあれよあれよという間に最終ページに辿り着いちゃうので安心されたい。何しろこの作品、海外でいう所の「ヤング・アダルト」作品、日本で言うならいわゆる「ラノベ」的な内容なのでスイスイ読めるのである。

なにより内容が分かり易い。植民惑星を蹂躙する多星間企業の軍隊!というところから始まって、ここから逃げ出すことの出来たたった3隻のスペースシップとそれを執拗に追い続ける敵スペースシップという構図がまずある。そして主人公となるのが別れたばかりの10代のカップル。二人は別々のスペースシップに乗ることになり、危機的状況の中で再びお互いへの想いが募ってゆく、という流れがある。そして主人公少女ケイディが若きハッカーで、主人公少年エズラが後に戦闘機パイロットになる、というキャラ設定もコミック・タッチでいい。

物語はさらに展開する。なんと母艦スペースシップのマザーAIが叛乱を起こすのだ!おお『2001年宇宙の旅』(のHAL)!それだけではない!敵の生物兵器に感染した乗員たちが一人また一人と狂った殺人鬼と化し、スペースシップという閉鎖環境の中で生き残った仲間たちを殺戮して歩くのである!理性を喪失し殺戮マシーンとなって集団行動する彼らの姿はまさしくゾンビ!空気感染するその生物兵器により船内は一人また一人とゾンビ化してゆく!人間食ったりはしないけど、ジョージ・A・ロメロスペースオペラ撮ったらさもありなんと思わせる阿鼻叫喚の地獄ぶりだ!

という訳でこの『イルミナエ・ファイル』、「ゾンビ+狂ったAI+ボーイミーツガール+スペースオペラ」という、「好きなものだけ並べて書いちゃいました」とすら思わせる、盛り沢山というか無節操な大盤振る舞いのテーマで描かれちゃってるのである。

しかも、なんと、それだけではないのだ。この作品、構成が異様に特徴的なのだ。それは全ての物語が「メール、チャットや軍の報告書、復元された文書ファイル」で構成されており、"地の文章”が全く存在しないのである。ただしそれらファイル類では拾えない情景描写があり、ではそこはどうしているのかというと、なんと今度は狂ったように躍るタイポグラフィで”文章”を"映像化"しているのだ。

「狂ったように躍るタイポグラフィ」ってなんのことかよく分からない人も多いと思うが、アルフレッド・べスターのSF小説『虎よ!虎よ!』で再現された「文字をいろんな形や大きさで紙面のあちこちに自由に配置することで文章それ自体を映像の如く見せるテク」のことを思い出していただきたい。これらタイポグラフィが見開きページから見開きページへと縦横無尽に展開するさまは圧巻の一言だ。

というわけで、やり過ぎというかやりたい放題で書き上げられたこの作品、個々のテーマや方法論に新しさはないとしても組み合わせの妙で面白さを醸し出そうとしており、やっちゃたモン勝ちと言えないことも無いとはいえ、十分野心的であり実験的であることは確実な快作なのだ。これはもう「読む」というよりは「体験する」SF小説だともいえるだろう。確かに4300円の価格は二の足を踏ませるに十分だが、唯一無二の体験であると思えばあながち安いかもしれないじゃないか?というわけだから君も『イルミナエ・ファイル』を購入してオレとイルミナエ・フレンズになろうぜ!(なんだそれ)

イルミナエ・ファイル

イルミナエ・ファイル

 
虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)

虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)