圧倒的な現実肯定への道程/映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス (監督:ダニエル・クワンダニエル・シャイナート 2022年アメリカ映画)

主婦よ憤怒のマルチバースを渡れ!?

家庭にも仕事にも疲れ果てた一人の主婦がなぜか突然マルチバース/並行宇宙の危機を救う救世主として戦う羽目に!?というSFアクションコメディ映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(以下「EEAAO」)』です。マルチバースと言えばMCUのスーパーヒーロー映画みたいですが、どうしてどうして、かなーりとんでもない作品として仕上がっています。

主演は『シャン・チー テン・リングスの伝説』『グリーン・デスティニー』のミシェル・ヨー、『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』『グーニーズ』の子役で知られていたキー・ホイ・クァン、さらにジェイミー・リー・カーティスの共演も嬉しいですね。監督はダニエル・ラドクリフ主演の奇想天外お下劣コメディ『スイス・アーミー・マン』の監督コンビのダニエルズ(ダニエル・クワンダニエル・シャイナート)。

【物語】経営するコインランドリーの税金問題、父親の介護に反抗期の娘、優しいだけで頼りにならない夫と、 盛りだくさんのトラブルを抱えたエヴリン。そんな中、夫に乗り移った“別の宇宙の夫”から、 「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と世界の命運を託される。 まさかと驚くエヴリンだが、悪の手先に襲われマルチバースにジャンプ! カンフーの達人の“別の宇宙のエヴリン”の力を得て、闘いに挑むのだが、 なんと、巨悪の正体は娘のジョイだった…!

ABOUT THE MOVIE|映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』公式サイト

取っ散らかった展開と無茶苦茶な物語とお下劣極まる描写!?

物語は問題だらけの仕事と家庭を抱え頭がグチャグチャになった主人公エブリンが、確定申告で赴いた国税庁で「宇宙の巨悪を倒せ!」と訳の分からない指令を突然受けるところから始まります。そしてエブリンはマルチバースに存在する無数のエブリンが持つ多数のスキルを獲得しながら、マルチバースを「虚無」へと堕とそうとする敵と戦うことになるんですね。しかし「MCUでお馴染みのマルチバースを拝借したスーパーおばちゃんムービーねー」と思って観ていると、その取っ散らかった展開と無茶苦茶な物語とお下劣極まる描写に頭がこんぐらかる事必至、「いったい何がやりたいんだこの映画!?」と面食らうことでしょう。

でもねえ、思い出してみて下さいよ、まずこの映画の監督ダニエルズ、「取っ散らかった展開と無茶苦茶な物語とお下劣極まる描写」で世界の映画ファンを唖然呆然とさせた怪作、『スイス・アーミー・マン』の監督なんですよ!?

さらに監督の一人であるダニエル・シャイナートは、あまりにしょーもなさ過ぎてオレですら閉口した怪作(これもかよ)『ディック・ロングはなぜ死んだか?』の監督なんですよ!?

こうではなかった、こうであったかもしれない自分

こんな連中の作る映画なもんですからお馬鹿でカオスな作品になることは当然、とはいえ「ま、しゃーねーな」と思いながら観ていると、そのめくるめくお馬鹿&カオスの世界に次第に引き込まれてゆく自分がいるではないですか!?そしてそれが段々クセになってくるんですよ!?まず緻密に計算されたカンフーファイトを中心としながらマルチバース・エブリンの様々なスキルをスイッチさせて戦う主人公の描写が楽しい(グチャグチャしてるけど!)。さらにスキルを習得する条件となる「有り得ない事をする」という設定があまりに馬鹿馬鹿しい展開を生んで、観ていて口からエクトプラズムが飛び出すこと不可避!?

それだけではない!物語の核心は「マルチバースに存在する様々な自分の人生を垣間見ることで”こうでなかった自分”に思いを馳せてしまう主人公」へと収斂してゆくんです(グチャグチャしてるけど!)。つまりはこれはいわゆる「たられば」の物語であり、そしてそれはどんな人でも一度は思った事のあるだろう後悔であり感傷なんですよ。同時に作品はクライマックスに近づくにつれ「崩壊しかけた家族の再生の物語」として胸熱なドラマを炸裂させるんですね!

圧倒的な現実肯定への道程

これが単に「たらればの感傷」や「家族の物語」がテーマなだけの作品だったらありふれた凡作となっていたでしょう。しかしそこに辿り着くまでの経緯はマルチバースだ宇宙の巨悪だケツの穴に異物だとあまりにノイズが多く混乱に満ちていて破壊的なんです。裏を返すならひたすら苦渋に満ち悲哀に溢れ虚無に覆われた展開なんです。要するにグチャグチャのメチャクチャで「もー私イヤ!」っていう主人公の千路に乱れた心象が怒涛のように溢れかえり津波のように押し寄せているんですよ。そしてそこまでグチャグチャのメチャクチャに描き切ったからこそ、テーマである「たらればの感傷」と「家族の物語」がなけなしの最後の救済のように胸に迫って来る、という構造を成しているんですよ!

実の所この物語は、無慈悲な人生に悩めるエブリンの、国税庁で始まり翌日の国税庁で終わる壮大な妄想の物語であると言っていいでしょう。しかしこの壮大な妄想を経てエブリンは自らの人生の、本当に大切なものに気付くんです。それは「あらゆるもの、あらゆる場所が一堂に会する世界」を体験しながら得た「自分が今いる世界はここ、今ある私が私、そして私が愛するのは今目の前にいるあなた」という確信であり、それ以外にはないのだ、ということなんです。それは圧倒的な現実肯定への道程であり、明日を生きていくための希望です。エブリンが救ったのはマルチバースではなくエブリン自身だったんです。

この間観た『アラビアンナイト 三千年の願い』もそうでしたが、この『EEAAO』もまた、困難な時代を生き延びるための素晴らしい示唆に満ちた物語だとオレは思うんです。