アラビアンナイト 三千年の願い (監督:ジョージ・ミラー 2022年オーストラリア・アメリカ映画)
ジョージ・ミラー7年振りの監督作品
あの『マッドマックス』シリーズのジョージ・ミラーが「アラビアンナイト」に登場する”ランプの精”をモチーフに制作した映画が『アラビアンナイト 三千年の願い』だ。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』から実に7年振りの作品がなんとファンタジー、いったいどんな作品として仕上がっているのか興味津々ではないか。しかも主演が超絶異次元女優ティルダ様ことティルダ・スウィントン、さらに「アベンジャーズ」シリーズ、「ワイルド・スピード」シリーズ、『ザ・スーサイド・スクワッド ”極”悪党集結』に出演する強面俳優イドリス・エルバという《美女と野獣》コンビとなればこれは必見!?原作はA・S・バイアットの短編集「The Djinn in the Nightingale's Eye」。
【物語】古今東西の物語や神話を研究する学者アリシアは、講演先のイスタンブールで美しいガラスの小瓶を買う。ホテルの部屋に持ち帰ると、中から巨大な魔人が飛び出し、瓶から出してくれたお礼に「3つの願い」をかなえると申し出る。しかし物語の専門家であるアリシアは「願い事」を描いた物語にハッピーエンドがないことを知っており、魔人の誘いに疑念を抱く。魔人は彼女の考えを変えさせようと、3000年におよぶ自らの物語を語り出す。
《魔人》と3つの願い
『アラビアンナイト 三千年の願い』の「物語」は極単純にとらえるならとりあえず「ファンタジー作品」だ。現在を舞台にナラトロジー=「物語」論の学者である主人公アリシアが講演先の異国で購入した古びた瓶から《魔人》を呼び出してしまう。《魔人》は『アラビアンナイト』に登場する”ランプの精”そのままに「3つの願い」を叶えるのだという。しかし「3つの願い」の結末がえてしてろくでもないものになる事を知っているアリシアは願い事を唱えるのを拒否する。そして《魔人》に彼の体験した3000年に渡る《願いを請う者たち》の運命を「物語らせ」るのだ。
幾つかの章に分かれて「物語られ」るその《願いを請う者たち》の逸話は、どれもめくるめくような蠱惑と幻想とに彩られながら愛と死と希望と絶望とが織りなす数奇な運命を描き出す。それらは時の彼方へと費え去ったいにしえの「物語」であり、伝説であり伝承であり寓話である。作品前半に用意されたこれらの「物語」は暗く美しい特殊効果と映像でもってたちまちにして観る者を虜にする。そして後半においてはこれら「物語」を体験した主人公アリシアがどのようにして己の「願い」を見出すかが描かれることになるのだ。
物語についての物語
作品は執拗な入れ子構造を成している。冒頭で「物語」が始まると「昔々……」と「昔話」風のキャプションが付けられ「物語論の学者」が登場し「物語」にしか存在しないはずの《魔人》が現れて「物語」を紡ぎ出す。こうして導き出されるこの作品の主題が「物語についての物語」であるという事だ。それは「物語とは何か」という事に他ならない。
ジョージ・ミラーによる『マッドマックス』シリーズは痛快極まりないアクションを描きながらその物語の根底に「神話構造」を用いた作品だった。それは人類の始原の頃より存在する「試練の果てに栄光を手にする英雄の神話物語」の元型をなぞったものであった。こうしてジョージ・ミラーは「物語」というものが持つ圧倒的なパワーを観る者の目に焼き付けたのだ。
そしてこの『アラビアンナイト 三千年の願い』ではさらに一歩踏み込んで「では何故人は“物語”を欲するのか」を描こうとする。作品において《魔人》は自らの3000年に渡る壮絶な「愛と愛なき孤独」を「物語る」。そして主人公アリシアは《魔人》の「愛と愛なき孤独の物語」から自らの「愛なき孤独」を見出し、同時に「愛」それ自体を渇望し始める。それは「物語」を通して「願い」を請い求めようとする行為に他ならない。それは「物語」とは、孤独な生への癒しであり慰めであり、明日を生きる理由と希望を与える為のものだと訴えかけているような気がしてならない。
【TALES=テイルズ】を描く監督ジョージ・ミラー
最初に「『マッドマックス』シリーズのジョージ・ミラー」とは書いたがジョージ・ミラーは決してアクション一辺倒の映画監督ではない。フィルモグラフィを眺めると『トワイライトゾーン/超次元の体験』、『ベイブ/都会へ行く』や『イーストウィックの魔女たち』、『ハッピーフィート』シリーズといったホラー/ファンタジーを数多く監督しているのだ。一見節操が無いようにも思えるが、実はこの作品や『マッドマックス』シリーズも含め、「物語/伝承/伝説/童話」といった意味合いでの【TALES=テイルズ】の監督といえはしないだろうか。
ややこしい話は抜きにしても、前半の鬱蒼としたファンタジーテイストにはその幻惑的な映像も含めひたすら心ときめかされたし、ティルダ様のチャーミングさは最強最大のパワーで進撃してくるし、イドリス・エルバのキュッと締まったお尻も別な意味でチャーミングであった。寓意と暗喩が横溢し幾重もの意味が隠され何重もの入れ子構造になったその物語は観る者に芳醇な映画体験をもたらすことだろう。本年度ベスト級の1作となるであろうことは間違いない。