ホレス・アンディのダブ・アルバム『Midnight Scorchers』が秀作だった

Horace Andy 

Midnight Scorchers / Horace Andy 

ホレス・アンディといえば実に長きに渡ってレゲエ・ミュージック・シーンのフロントに立ち活躍してきたベテラン・シンガーだ。今調べたら御年71歳、レゲエ・シンガーとしてのキャリアは50年に渡るというからぶったまげてしまった。そんなホレス・アンディがエイドリアン・シャーウッドのプロデュースによりOn-U Soundからリリースしたダブ・アルバムがこの『Midnight Scorchers』だ。そしてこれが、近年稀に見る素晴らしい傑作ダブ・アルバムとして完成していることに再びぶったまげてしまった。

エイドリアン・シャーウッドというのもこう言っちゃなんだがプロデュースの質にムラがある人で、On-Uだからって安心できない(というかOn-Uだからこそ安心できない)部分があるのだが、このアルバムにおけるエイドリアン・シャーウッドの手腕はひょっとしたらここ数年の自身の才能を全て使い切ってしまったんではないかと思うほどに充実しており、これも相手がホレス・アンディだったからこそのケミストリーだったのかなと思わせる。

レゲエ・サウンドは、ジャマイカ産とそれ以外では大きくテイストが違うのだが、例えばこれがUK産だとUKならではの鬱蒼とした暗さ、湿気、同時につややかさを帯びてくる。今作でも、エイドリアン・シャーウッドのUKならではの色彩、湿度、温度感覚のあるサウンドとなっているのだが、それはジャマイカ生まれのホレス・アンディの、その熱帯の資質がエイドリアン・シャーウッドの手癖を捻じ伏せた格好になったからなのかもしれない。つまり、ジャマイカ・UKの、レゲエ・サウンドのイイとこ取りとなっているのだ。この拮抗と和合の絶妙なバランスこそが、今作を傑作中の傑作ダブ・アルバムにしているのだと思うのだ。

「ダブは好きだけど、そういや最近ダブ・アルバムって聴いてないな」と思われた方、そんな方こそ是非このアルバムを聴くべきだ。

Midnight Rocker / Horace Andy 

ダブ・アルバム『Midnight Scorchers』のオリジナル・アルバムとなるのがこの『Midnight Rocker』だ。『Midnight Scorchers』と同様にエイドリアン・シャーウッドのプロデュースによりOn-U Soundからリリースされている。オリジナル・アルバムの充実があるからこそのダブ・アルバムの充実といえるが、当然ながらこの『Midnight Rocker』、実に素晴らしいルーツ・レゲエ・アルバムとして完成している。というかさ、オレも今まで膨大な量のレゲエ・アルバムを聴いてきたが、レゲエ・アルバムのハズレの無さというのは一種異様なぐらいで、それはもうレゲエという音楽ジャンルがスタイルとして究極なほどに完成しているからなんだと思えて仕方ないんだよな。

そしてなによりヴォーカルのホレス・アンディの素晴らしさだ。先ほどの『Midnight Scorchers』の紹介文で「御年71歳」と書いたが、いやちょっと待ってよ、71歳でこの朗々と響き渡るレゲエ・ヴォーカルってどういうことなのよ、と驚愕してしまう。例えばこれがロック・ヴォーカルなら枯れてきたり老成してきたり(実のところどっちも一緒なんだが)というのがあるのだけれども、ホレス・アンディのヴォーカルはそのどちらでもなく、かつての彼のヴォーカルが常にヒリヒリと現実の光景を切り裂いていたように、今このアルバムですら彼のヴォーカルはやはりヒリヒリと今この世界を覆う陰鬱さを切り裂こうとしているのだ。一人の表現者としてここまで突き抜けているという部分に、ホレス・アンディの凄み、そしてレゲエというものの凄みを感じてやまないのだ。