■グッドライアー 偽りのゲーム (監督:ビル・コンドン 2019年アメリカ映画)
ヘレン・ミレンが好きだ。好きだ、と言っても全作品観ているとか部屋にポートレートを飾ってるとか待ち受け画面にしているとか来世では嫁にしたいとかそういうのではなく、観ている映画にヘレン・ミレンが出てくるとなんだかほっこりするのだ。京都人に「ほっこりの使い方間違うてますで」と言われることを知りつつあえてほっこりするのである。アカデミー主演女優賞をとった『クィーン』(『ボヘミアン・ラプソディー』とは関係無い)みたいな文芸作はまるで観ていないのだが、アクションやサスペンス映画に登場すると「お!」と身を乗り出してしまうのだ。
ヘレン・ミレンのことを意識し始めた映画はなんといっても『RED/レッド』とその続編『REDリターンズ』だろう。最初は「なんでこんなおばさまが出てくるの?」と思いつつ観ていたら突然キレのいいアクションと気風のいい啖呵を披露し、その威風堂々とした立ち姿立ち振る舞いに「なんてカッコイイおばさまなの!?」と腰を抜かし胸がキュウゥ~~ンとなってしまったのである。以来、ヘレン・ミレン出演と知った映画は敬意をもって接することにしている(だから全部観てるわけじゃないんだけどね)。
ヘレン・ミレンは「カッコよくてチャーミングなおばさま」だ。それと併せ、文芸作品のみならずアクション・サスペンス・SF・ホラー・戦争映画と、俗なジャンルに分け隔てなく出演する節操の無さがいい。これはヘレン・ミレンが「気品がありつつ殺気のこもった怖い顔もできる」おばさまであるがゆえだろう。エリザベス女王も演じるが百戦錬磨の殺し屋も演じる事が出来るのだ。ロシア貴族の血を引きロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの舞台女優出身、という来歴を持ちながらも庶民にも愛され易い懐の深さも感じる。そんなところがいい。
そんなヘレン・ミレンの主演作『グッドライアー 偽りのゲーム』が上映されると聞いたならそれは観ざるを得ない。さらに『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのイアン・マッケラン翁が共演というではないか。イギリス映画界を代表する翁媼の一騎打ちである。もはや老年と言っていい歳のオレとしても素敵極まりない翁媼の御姿を拝見してむさ苦しさ100万倍の人生を送る自分になにがしかの灯明を灯したい。そんな訳で同じくヘレン・ミレン好きの相方と一緒に劇場へと足を運んだのである。
『グッドライアー 偽りのゲーム』はいわゆるスリラー・サスペンス作品である。物語はベテラン詐欺師ロイ(イアン・マッケラン)が資産家の寡婦ベティ(ヘレン・ミレン)に近付き、財産を奪おうと手練手管を弄するが……というものだ。原作はニコラス・サールが2016年に発表した小説『老いたる詐欺師』。
まずこの作品、主演二人の表情の切り替わりがいい。詐欺師ロイはベティを信頼させようと柔和な表情を浮かべ親し気に語り掛けながら、ベティがいなくなると途端に計算高い冷酷な表情へと切り替わる。この表情の切り替わりだけでロイという男がどれだけ酷薄な詐欺師かが伝わってくる。一方ベティはどうだ。ロイの甘言に微笑みを浮かべ信頼しきったような表情を浮かべるのだけれども、ベティはまんまとロイに騙されているのか。
そもそもこのお話、「詐欺師に善人が一方的にやり込められる物語」ではないことは観客は観る前から大体予想が付いているだろう。こういったお話の常として、「騙された者が詐欺師に反撃する物語」であろうと予想しながら観るだろう。だから、ベティの表情を注意深く眺めてしまうのだけれども、これが、読めない。ロイの詐欺に気付いているのか気付いていないのか。しかしベティは時折ふと意味ありげな冷たい表情を見せる。これはなんなのか。ロイに仕組まれたと見せかけて最初からベティが仕組んでいるのか。そうすると、そもそもベティとは何者なのか。こうして物語は観客の心に疑心暗鬼を撒き散らせながら、思いもよらない展開を迎えてゆくのだ。
いやしかし本当に「思いもよらない」方向へと舵を切ったので「こっちだったのか!?」とびっくりさせられた。それは想像以上に重いものだったのだが、何しろこれ以上書かない方がいいだろう。少なくとも「騙し騙されの軽妙なコン・ゲーム」で終わる物語ではなかったのだ。映画的には『鑑定士と顔のない依頼人』や『手紙は憶えている』に近い感触を持つ作品だった(これだけでネタバレになるかなあ)。もちろんヘレン・ミレンとイアン・マッケランの存在感・演技力共に非常に充実しており、とても満足の出来た作品だった。それと、『ダウントン・アビー』の執事長役だったジム・カーターがロイの仲間の悪党役で登場し、『ダウントン・アビー』好きのオレとしては大いに得をした気分だった。