■ファイティング・ファミリー (監督:スティーブン・マーチャント 2019年アメリカ映画)
■インディープロレス一家の物語
映画『ファイティング・ファミリー』はイギリスの地方都市に住むあるプロレス・ファミリーを描いたヒューマン・ドラマです。そしてこれは実話を描いた作品だという事なんですね。
舞台はイギリス東部の町ノリッジ。ここに親子みんなでインディープロレス団体を営むナイト一家というのがおったのですね。そしてこの一家の二人の子供、兄のザックと妹のサラヤは世界的なプロレス団体WWEに所属することが夢でした。そんなある日、WWEの入団テストを受ける切っ掛けを掴んだ二人は、決意を胸にテストに臨みますが、その結果はナイト一家に大きな波紋を投げかける事となってしまうんです。
まず、オレはプロレスの事はまるで分かりません。最初はポスターだけ見て「ドウェイン・ジョンソンが主役を務めるプロレス一家の面白おかしいコメディ映画なのか!?」と思いとりあえず観に行くことにしたんですよ。もちろん実話だってことも知らなかったし、主人公となる実在の女子プロレスラー、ペイジのことも知らなかったんですよね。しかし映画が始まってみると、オレは速攻でこのチャーミングな物語に引き込まれてしまいました。
■ここが変だよナイト一家!
とりあえず言っておきますと、この作品ではドウェイン・ジョンソンは主役ではなく、要所要所に登場はしますが、本人役のゲスト出演的な役柄です。しかしこの作品自体は自らもプロレス一家だったドウェイン・ジョンソンがプロデューサーを務めているんですね。
この物語をチャーミングにしているのはナイト一家のキャラクターにあります。まず元強盗でムショ暮らしもしたことのあるパパ、リッキー。そしてリッキーのワイフ、ジュリアはなんと元ヤク中、でもリッキーと出会いプロレスを知る事で人生が変わった!というから泣かせるじゃありませんか!この二人の息の合った夫婦ぶりがこの作品を可笑しくて馴染みやすいものにしてします。
ナイト家には二人の息子がいますが一人は服役中(!)、そしてもう一人は結婚が間近でWWE入団の夢を持ちながら今日もインディープロレスを繰り広げるザック。彼は近所の子供たちをジムに招きプロレスを教えるという社会奉仕的な側面も持っています。そして主役であるサラヤ/ペイジ。ゴスなルックスでプロレス技を繰り出すタフな女子プロレスラーです。でもそのゴスさが世間から浮いて見えて嘲笑の対象になってしまったりしているんですね。
映画の感想を書く前に長々と主演キャラクターのことを書いたのは、このナイト家というのが、パパママは元受刑者と元ヤク中、息子の一人は服役中、もう一人の息子はプロレス以外生きる糧が無く、娘はゴスでフリーク呼ばわりされ、一家全体はイギリスのワーキングクラスであるという、ある意味イギリス社会の底辺で生きるはぐれ者たちだということを言いたかったからなんです。しかしそんな彼らが希望を捨てず今日も明るく生きられるのは、プロレスという【夢】でひとつにまとまっているからなんですよ。
■一家みんなの【夢】
プロレスのことが何一つも分からなくてもこの物語に共感できるのは、これが、どんなに貧しくつらい生活環境であろうとも、共通の【夢】を持つことでお互いに信頼を育み幸福を実現しようと奮闘する人々、家族の物語だからなんですよ。そして、パパとママのワーキングクラスらしい開けっ広げで物怖じしない性格や言動の在り方が、物語に実にチャーミングなユーモアをもたらしているんです。もう初っ端から笑いの渦だらけで、この作品に大きな期待を持たせられるんですね。
しかしそれだけなら「愉快なプロレス一家」を描くプロレタリアート礼賛物語でしかありません。物語の波乱は早くから描かれます。それは家族最大の【夢】、ザックとサラヤのWWE入団の、その試験が行われる部分からです。実話なのでネタバレもなにもないかもしれませんが、オレを含め誰もがプロレスを知ってるわけではないでしょうからこの辺はぼかしておきましょう。この試験における皮肉な運命の結果が家族に暗雲をもたらすんです。そこには挫折があり、苦悩があり、葛藤があります。乗り越えねばならない試練と、挫けそうになる煩悶があります。あれほど和気あいあいとしていた家族に離散の危機さえ訪れます。
こうした、【夢】を手に入れるための辛く長く厳しい道、【夢】を巡る家族間の愛憎半ばする気持ちの揺れ動き、それでもやはり、自分たちは家族じゃないか、という強烈な思い、それらが次々と錯綜し、最初お気楽であった筈の物語がどんどんとシリアスにドラマチックに揺れ動いてゆくんですよ!もう観ていたオレは途中から胸を鷲掴みにされるような思いでスクリーンを見守っていましたよ。そして全てが昇華されたラストで、その望むべき落としどころの鮮やかさにオレの頭の中は真っ白になってしまうほどでした。
いや、確かにこれはよくあるスポ根物語の、そしてはぐれ者たちの、よくあるサクセスストーリーなのかもしれないし、ちょっと変わった家族の、よくある家族愛の物語なのかもしれません。しかし試練とその成就との、笑いと涙の物語は、やはり王道のものとして観る者を楽しませ、心に豊かなものを残してくれるではありませんか。映画『ファイティング・ファミリー』は、それが実話であるとかないとかは関係無く、胸に深く刻まれる良質な作品として見事な完成度を見せていました。
■魅力的な演者たち
俳優たちも魅力たっぷりでした。恰幅のいいパパ、リッキーを演じるのは『ショーン・オブ・ザ・デッド』のニック・フロスト。この彼のすっとぼけた演技を確認するためだけでもこの作品は観る価値があるでしょう!パワフルなママ・ジュリアはTVシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』のサーセイ・ラニスター役、レナ・ヘディが演じていたというから後で知ってびっくりしました!なんたってスッゴイパンクな母ちゃん役だからなんですよ。
その息子ザックを演じるのは『ダンケルク』で操縦士役を演じたジャック・ロウデン。この映画での雰囲気がサイモン・ペッグを若くした感じだったもんですから、ニック・フロストと並ばせるとなんだか感慨深かったですね。サラヤ/ペイジ役のフローレンス・ピューは『トレイン・ミッション』に出演があるようです。タフなプロレスラー役はホンマモンみたいでした。忘れてはならないのはトレイナー役のヴィンス・ヴォーン。コミカルさとシビアさを同時に演じる味のある俳優でした。
ロック様ことドウェイン・ジョンソンについては今更言うまでもないでしょう。彼の出演でこの作品にシュッと締まった印象を与えてくれました。監督/製作/脚本は『蜘蛛の巣を払う女』『LOGAN ローガン』などに俳優として出演のあるスティーブン・マーチャント。映画『妖精ファイター』出演時にロック様と共演し、それが縁での今回の監督という事ですが、なかなかに非凡な監督ぶりを感じさせました。