KESARI/ケサリ 21人の勇者たち (監督:アヌラーク・シン 2019年インド映画)
19世紀末、当時の英領インドとアフガニスタンの国境にあったサラガリ砦は通信中継地点として21人のインド人シク教徒が駐留しているのみの小さな砦だった。しかし、列強支配を快く思わないアフガン族部族連合は国境侵攻を画策、まず第一の標的としてこのサラガリ砦制圧を目論んだ。その数は1万人。1897年9月12日午前9時、こうして21人vs1万人の絶望的な戦いが幕を切ったのである。
今年インドで公開され大ヒットした歴史大作『ケサリ 21人の勇者たち』は史実に残る熾烈な戦闘に脚色を施し製作された作品だ。「ケサリ」とはサフラン/サフラン色のことを指し、これは「勇気と犠牲」を意味するものとされ、インド国旗にも使用されている。物語は武勇の誉れ高いシク教徒たちが「ケサリ/勇気と犠牲」の信念のもと、死を賭けた戦いを繰り広げる様が描かれてゆく。
主演は『パッドマン 5億人の女性を救った男』、さらに日本公開が待たれる超大作『ロボット2.0』のアクシャイ・クマール。主人公の妻役として『僕の可愛いビンドゥ』『Hasee Toh Phasee』のパリニーティ・チョープラー。監督はパンジャーブ語映画のヒットメーカー、アヌラーグ・シン。また、アクションスタッフとして『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のローレンス・ウッドワードが参加している。
冒頭から巧いシナリオだと思わされた。命を奪われそうになったパシュトゥーン人の女をイギリス人上官の命令を無視してまで助けようとする主人公イシャル・シンの姿を通し、彼の気高さと真正さ、そして勇猛さに溢れた性格をまず印象付ける。同時に、彼の仲間であるシク教徒たちの、規律正しさと同胞愛もまた描く。
そんなイシャル・シンを見下し罵倒する英国人の姿から彼らの傲岸さと、彼らに隷属しなければならないイシャル・シンやシク教徒たちの苦々しい立場も明らかになる。そして怒りを堪え耐え忍ぶイシャル・シンの表情から、彼の高いプライドが見え隠れする。さらに時折イシャル・シンの妻の姿が妄想となって彼に語り掛け、彼の家族愛の深さを知らしめることになる。これらが冒頭30分程度で全て説明されるのだ。
この物語のポイントとなるのは、主人公を始めとするサラガリ砦の兵士たちがシク教徒である、という部分だ。シク教徒はターバンに髭というインド人のステレオタイプの元になった者たちだが、実際はインド人口の1.7%に過ぎない。そんな彼らがなぜインド人ステレオタイプとして目されたかというと、その有能さから兵士として買われ、幾つものシク教徒連隊が作られ英領に派兵され、それが他の国で目にしやすいインド人であったということからのようだ。シク教徒は勤勉で勇敢で自己犠牲の強い者たちであるという事なのだ。そしてこの勇敢さが、たった21人で1万人の軍勢に対峙した最大の理由なのだ。
さて登場人物や時代的背景の説明が終わった頃に、いよいよシク教徒12人対アフガン族部族連合1万人の戦いへとなだれ込んでゆく。早い段階で他の砦からの援軍はほぼ不可能、ということも分かっている。文字通り孤立無援という訳だ。そしてここからラストまで、血で血を洗う凄まじい戦闘が延々と続くことになるのだ。
孤立無援の籠城戦ということでは「アラモの戦い」を思わせ、圧倒的に多勢に無勢の戦闘という事では300人のスパルタ兵士が100万人のペルシア軍勢と戦いを繰り広げる映画『300《スリーハンドレッド》』の元となった「テルモピュライの戦い」を思い起こさせることだろう。倒しても倒しても雲霞の如く湧き上がり迫りくる敵の姿からはゾンビ映画すら連想させられるが、いつ終わるとも知れない徒労に満ちた戦いの有様からは『ブラックホーク・ダウン』や『13時間 ベンガジの秘密の兵士』といった秀作戦争映画を彷彿させる作品でもある。
後半からの戦闘シーンは若干単調になる部分こそあるが、インド映画独特のエモーショナルな描写を交えることによって飽きさせない工夫がなされ、先に挙げた戦争映画にひけをとることのない非情さと迫真性に満ちた作品として仕上がっている。そしてなによりこの映画の中心的なテーマとなるのは「プライド」ということだろう。それはシク教徒としてのプライドということである。確かに、死を賭けてまで守らなければならないプライドなど度を越していると思えてしまうし、死や戦争それ自体を美化してしまう危険性もある。おまけにこの戦闘は”国を守る””愛する者を守る”などといった戦いですらないのだ。
しかしこの戦いの本当の矛先は、支配者である英国に向けられたものなのだろう。もはや英国を倒すすべはない。しかし被支配者であるシク教徒たちは、それに決して甘んじている訳ではない。ここで彼らが示した矜持は、いかに支配され蔑まれようとも、己の気高さと真正さは決して譲り渡してはいない、ということを誇示するためのものだったのではないか。彼らは、自らの中にある「尊厳」の為に戦ったとは言えはしないだろうか。
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