愛する妻の為に生理用ナプキンを作った男/映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』

■パッドマン 5億人の女性を救った男  (監督:R . バールキ 2018年インド映画)

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アメリカにはスーパーマンがいる。

バットマンスパイダーマンも……

でも、インドには【パッドマン】がいる!

■インドのヒーロー【パッドマン】見参!

スーパーマンバットマンとも並び比されるインドのヒーロー【パッドマン】とは何者なのか。鋼鉄のボディと百万馬力の力とマッハのスピードの飛翔力を持つ男なのか。いや。彼は単なるインドの田舎のオッサンである。では彼はなぜヒーローと呼ばれるようになったのか。なんと彼は、月経で難儀する愛する妻の為に、安価で衛生的な生理用ナプキンを開発しようとした男なのだ。しかし、そのナプキン開発には社会の無理解と前時代的な禁忌という強大な困難が立ちはだかっていた。

映画は、実際に【パッドマン】として知られる企業家アルナーチャラム・ムルガナンダムの苦闘の体験を基に、映画的脚色を幾つか加えながら製作されたセミ・ドキュメンタリーである。アルナーチャラム氏はその功績により『タイム』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、さらにインド政府から勲章まで授与されることになった。映画では舞台を南インドから北インドに変え、主人公の名をラクシュミとしているが、その他さまざまな人間関係も脚色と考えた方がいいかもしれない。しかしアルナーチャラム=ラクシュミの取った行動とその成果は、現実のものなのだ。この文章ではここから映画の主人公の名ラクシュミで書かせてもらうことにする。

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■高額な生理用品と月経への忌避

ところでここまでの説明が少々分かり難かったと思うが、それまでインドには生理用ナプキンが存在しなかったわけでもないし、ラクシュミがナプキンを”発明”したわけでもない。しかし、この映画の冒頭の2001年の段階で、ナプキンはインドにおいて相当高額な商品だった。主人公が薬局で恐々購入したナプキン1袋が55ルピー、妻はその買い物の高額振りに大騒ぎする。映画パンフレットに書かれているのだが、当時のインドの生活経済感覚で言うと1500円程度になるのらしい。日常的に買って使い捨てする物品の価格ではなかったということだ。ではインド人女性は何を使っていたのかというとボロ雑巾をあてがいそれを何度も洗って再使用していた。新聞紙やおがくずや灰を使っていたともいう。

主人公ラクシュミはその事実に大いに驚愕する。これではあまりに不衛生すぎる、愛する妻の体に何かあったら大ごとだ!と戦々恐々とするのだ。これは別にラクシュミのみが知らなかった事実なのではなく、当時のインド人男性、特に農村部在住の者にとって「女性の月経」に対する認識や理解などほぼゼロに等しかったということなのだ。そしてゼロであったがゆえに全く手を差し伸べられることが無かったのだ。それだけではない。マヌ法典の昔からインド人の心理と生活に刻み付けられてきた「月経=不浄」という認識が、「月経中の女性の隔離」という大時代的な因習となって存在し続け、月経中の女性は離れで寝起きし、触れたり話しかけられもしなかった。もう一度書くがこれは21世になったばかり時代の話なのである。

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■古い因習にがんじがらめになった者たちからの非難

メロメロに愛妻家のラクシュミはこれを不条理で不合理で時代遅れなことと瞬時に判断する。そして愛する妻の為に安価なナプキンを製作しようと立ち上がる。しかしこれを阻むのがまたしても偏見と古い因習に凝り固まった周囲の人間たちの大いなる無理解と蔑視だ。しかも、「妻と多くの女性のために」とやり始めたことが、その「妻と多くの女性」により総スカンを食うのだ。いわゆる、「シモ」の事柄に関心を持ち、その「シモ」のモノを作ろうとするなんて「恥」でしかない!そんなことに興味のある男は変態か悪魔だけだ!と。物語では「(生理用品にかかわって)恥をかくよりは死んだほうがまし」と女性の口から出てくるほどなのだ。

しかし、周囲の風当たりがどんなに強くとも、どんなに蔑まれることになっても、ラクシュミはナプキン開発を止めなかった。仕舞いには、妻を含めた家じゅうの女が家を出てゆき、妻の親からは離婚を強制され、さらに主人公本人も村から出てゆく羽目になるのだが、それでもやはり、ラクシュミはナプキン開発を決して止めようとはしなかった。そして……というのがこの物語だ。まあ「5億人の女性を救った男」という日本サブタイトルの付いているセミドキュメンタリーだから、最後は華々しい成功によって締めくくられるのは既に分かっているお話ではある。この物語はある種「世界偉人伝」とか「美談」とか「サクセスストーリー」といった見方ができるしそういった造りの映画ではあることはある。その功績の在りかたに多くの人は称賛を送るだろうし、少ないかもしれないがシラケる人もいるかもしれない。

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■”モノ作り”の虜になった男の物語

ただ、オレはこの映画を大いに楽しみつつ、しかしこの作品の本質に隠されているのは「モノ作りに憑りつかれた男」の漂泊の物語だったのではないかと思えてしまったのだ。主人公ラクシュミは元から工房を経営する技術屋であり、自分で思いついたものはなんでも作ってしまえる男だった。そんな彼の最新の課題が「生理用ナプキン」の製作ということだったのだ。彼は想像を超える多大な困難に直面し、家族は離散し自らの生活すらもナプキン制作の為に投げうってしまう。これが後に「多くの女性の為となった」ナプキン製品だったからよかったものの、「おなら消臭器」や「性感倍増器」みたいなもっとマッドな製品だったりしたら単なる「おキチガイ様」で終わっていたことだろう。

確かに彼には妻への愛と思いやりがあり、そして高い理想があった。しかしそれと同じくらい、「想定したものが完璧な形で完成する愉悦」を追い求めた技術畑の男でもあったと思うのだ。ひとりの技術屋として、その「愉悦」は替え難いものがあっただろう。これはプロダクツ製作だけではなく、絵や音楽や映像を作ったり、あるいはコードを書くことを愛して止まない人間には共通することではないか。そして多くの困難は逆に、より強固に「完成への夢」へと向かわせていったのではないか。彼はこのナプキンを「金が欲しくて作ったんじゃない」と言うが、それは「善なるもののため」というよりは「作ることが楽しくて楽しくてしょうがなかっただけだから」という解釈のほうが、より人間的なのではないか。

しかしこう書いたからと言ってこの作品を決して貶めたいわけではない。主人公ラクシュミが様々な製造上の困難をクリアさせ「ナプキン製造」というミッションをコンプリートした時の高揚は、「〇〇のため」という義務感使命感を超えた部分にある愉悦ではなかったか。想像力が人間の最も強大な原動力であり、それを形にしようとする行為が人間の最も喜びに満ちた時間であるのだとすれば、この作品は単なる「偉人伝」「美談」を離れ、人間の普遍的な幸福の瞬間に触れたものだと見る事が可能なのだ。

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■仄かなラブストーリー

こういった「ナプキン製造奮闘記」といった物語の流れとは別に、この作品には前半主人公ラクシュミと妻ガヤトリとの家庭的な愛の物語と、後半ではラクシュミの協力者パリーとの淡く仄かなラブストーリーが描かれることになる。特筆したいのはこのパリーとのラブストーリーだ。ラクシュミの情熱と理想に共感した女子大生パリーはラクシュミと行動を共にし、持ち前の機転と行動力でナプキン製造販売の困難を次々とクリアしてゆく。正直パリーという協力者がいなければナプキン製造は危うかっただろう。

垢抜けた都会の娘パリーと無学な田舎のオッサンであるラクシュミはロマンスのロの字もないだろうぐらい不釣り合いだ。しかも別居中で離婚の危機の最中ではあってもラクシュミは妻帯者である。テーマ的にもインド映画的にもそういう展開はないだろうなあ、とは思って観ていたのだが、少しづつふんわりと、二人の心が接近してゆく様子が描かれてくるのだ。でもやはり、それは成就しちゃまずいのだ。その切なさが、この作品を「ナプキン製造奮闘記」だけにとどまらない膨らみのある奥深いものに変えているのだ。

パリーを演じるのは今やインドのトップ女優の一人となったソーナム・カプール。デビュー当時はお人形さんみたいな美人女優だったが、次第に演技の貫録が付いてきており、この作品でもこれまで以上に見せる役どころだった。また、妻ガヤトリ役はこのところインド映画注目株となっている個性派女優ラーディカー・アプデー。昔のボリウッド映画はモデルみたいな女優が多かったが、最近はこんな地に足の着いた女優が増えてきたように感じる。最後になったが主演を演じるのは今インド映画界で最も稼ぐ男、アクシャイ・クマール。彼の演技力ならどの映画も間違いない。監督のR. バールキは『Paa』『Shamitabh』『Ki & Ka』といった実にユニークな視点を持つ作品作りをしてきた男であり、この『パッドマン』でもその監督手腕を大いに発揮している。この作品が単なる「偉人伝」「美談」に収まっていないのもバールキの技あればこそだろう。

物語の冒頭である2001年の段階で、インドにおける生理用ナプキンの使用率は12%のみであった。しかし【パッドマン】の尽力の甲斐あってか、2018年には42%まで普及率が上がる見込みなのだという。


映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』予告(12月7日公開)