ゴッホの死の謎に肉薄した驚異の油絵アニメーション/『ゴッホ~最期の手紙~』

◾️ゴッホ~最期の手紙~ (監督:ドロタ・コビエラ、ヒュー・ウェルチマン 2017年イギリス・ポーランド映画

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ゴッホといえば知らない者などいないであろう美術界の鬼才であり天才画家であるが、彼が「自分の耳を削ぐ」などの奇行を持つ精神的に不安定な男であったこともよく知られたことであろう。彼は拳銃自殺で亡くなったとされる。フィンセント・ファン・ゴッホ、37歳没。

この映画『ゴッホ~最期の手紙~』はそのゴッホの死から遡り、「彼は何故自殺したのか?」という謎に迫ったミステリ仕立ての物語となって居る。しかしこれら物語よりもまず目を引くのは、この作品が全て油絵で描かれた「油絵アニメーション」という点であろう。

なんとこの作品、1秒につき12枚、全篇においては62,450枚の油絵を使用しそれをアニメーションさせた作品なのである。しかもその油絵のタッチ、構図、色彩は全てゴッホのそれを模したものとなっており、作中では至る部分でゴッホの名作絵画が登場しそれが舞台背景となりうねうねと動き回る。もう誰もが知るゴッホのあの絵やこの絵が次々と登場しうねうねとアニメーションしまくるものだから絵画ファンでなくとも驚嘆しない訳にはいかない。

登場キャラクターには映画俳優を使いその実写映像から油絵を起こしている。アニメ技法で言うロトスコープである。これは古くはディズニーのアニメーション映画『白雪姫』(1937年)、ラルフ・バクシのアニメーション映画『指輪物語』(1978年)などでも使用された技法である。また、出演俳優にはダグラス・ブース、ヘレン・マックロリーシアーシャ・ローナン、エイダン・ターナーの名がある。

油絵アニメーションという技法自体は実はアート・アニメーション界では既に存在し確立された技法であり、映画でも『春の目覚め (監督:アレクサンドル・ペトロフ 2006年ロシア映画)』という作品が存在している。とはいえこの『ゴッホ~最期の手紙~』はより商業的な作品であり、その貴重性は高い。

そもそもゴッホの絵とはそれ自体が静止した絵画なのもかかわらずどこか生命を持っているかの如くうねうねと蠢いているかのように見える作品であり、この映画における表現法とは非常に親和性が高かったと言えるだろう。むしろゴッホがテーマだからこそマスマーケットに対応しうる娯楽アート作品として製作することが出来たのだ。

しかもこの作品の凄みはそのアニメーション技法だけではない。ゴッホの死の謎に肉薄してゆくミステリ仕立ての物語構成は非常に重厚であり、最後まで興味を尽きさせない。ゴッホは一般的に「拳銃自殺した」とされているが、実際には不明点が多く、断言し難い部分があるという。さらに証言者の言質がいちいち異なっていたりするのだ。映画はそれらの謎を巧みにすくい上げ、作品の中に盛り込む事で当時のゴッホの複雑な人間関係を迫真的に描く事に成功しているのだ。

こういったミステリ展開だけではなく、ゴッホ個人の内面を追及する演出がとても素晴らしい。ゴッホという不世出の天才画家が、その死の前に何を思い、何を悩み、何を愛し、何を欲していたのか。物語が進むに連れそれらが次第に明らかになり、それにより、観る者は人間ゴッホのその核心と、その孤独と悲しみの在り処に触れることになるのである。この哀惜に満ちた物語の体験は、よりゴッホの絵画とゴッホという個性への共感へと繋がることは間違いないだろう。芸術性が高く娯楽性も優れアニメとしても楽しい。誰もに一度観てほしい作品である。


映画『ゴッホ ~最期の手紙~』日本版予告編

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