カンガナー・ラーナーウトが一人二役を演じる"軽やかに描かれた泥沼の結婚生活"〜映画『Tanu Weds Manu Returns』

■Tanu Weds Manu Returns (監督:アーナンド・L・ラーイ 2015年インド映画)

〇水と油な夫婦のその後を描く続編

前作『Tanu Weds Manu』で困難を乗り越えて結婚に漕ぎ着けたタンヌーとマンヌーのその後を描く続編です。もとから水と油だった性格の二人、いざ結婚生活を営んでみるとやっぱり相性が悪かった!というトホホな状況から始まり、冷え切った関係から離婚を意識するようになり、マンヌーは別の女性との恋へ、タンヌーは昔の恋人に走ってゆくんです。うわあ、きっついお話になりそうだなあ!と思われるかもしれませんが、これが絶妙なバランスでコメディとして成立しているところに凄みのある作品なんですね。主演は前作から引き続きマーダヴァンとカンガナー・ラーナーウト、脇を固める面子も全員続投する正真正銘の続編となっています。さらにこの物語、カンガナー・ラーナーウトがマンヌーの妻とマンヌーの新しい恋人との二役を演じる、という部分が見所になっているんですね。

《物語》あれから4年後。幸福な筈だったタンヌー(カンガナー・ラーナーウト)とマンヌー(マーダヴァン)の結婚生活は暗礁に乗り上げ、醜い口論の挙句激高したマンヌーは精神病院に入れられてしまう。タンヌーはインドの故郷に帰り、かつての恋人ラージャー(ジミー・シャーギル)と会うなどして過ごしていた。一方精神病院を出たマンヌーもインドの故郷に帰るが、仕事である医療関係のスピーチをした大学で妻そっくりの女子学生ダットー(カンガナー・ラーナーウト二役)と出会い、彼女を見初めてしまう。最初はいぶかしく思っていたダットーも次第にタンヌーにうちとけ、二人は結婚を考えるようになる。ダットーの兄は二人の関係を了承したが、かつてダットーに結婚を迫ったある男の写真を見せる。それはなんと…。一方、タンヌーは夫が他の女性と交際していることを知り、彼の元に乗り込んでゆく。

〇顔が妻にそっくりの女性に恋をした?

いやー、泥沼ですね。冷め切った夫婦関係、離婚の危機、妻により精神病院に入れられた夫、昔の恋人と会い他の男にもちょっかいを出す妻、他の女性に思いを寄せる夫、しかもその女性というのが妻そっくり、さらにその女性のかつての交際相手が相当のワケアリ。これが泥沼でなくてなんでしょうか。しかし描かれ方は決して生臭いものじゃないんですね。この映画を一言で言い表すなら、【軽やかに描かれた泥沼】と言えるかもしれません。よく考えると泥沼の状況なのですが、決してドロドロしてたり重かったりしないんです。逆に、例えどんなロマンチックな状況であろうとも、よくよく考えると泥沼でしかないんですよ。自分は男女のドロドロの泥沼を描いた物語って興味はないし苦手なんですが、にもかかわらずこの映画が面白く観られたのはそんな部分からでしょう。この物語における泥沼の状況はある意味「特異な状況を生み出すために作られた仮構」であって、現実的なものではないんです。だから面白く観られるんですね。

そもそも、妻といがみ合い、離婚まで考えている夫が、「妻に顔がそっくりの女性」を、妻そっくりであるからこそ愛してしまう、というのは考えてみれば奇妙な話ですよね。「妻に顔がそっくり」であると同時に、「妻にはない聡明な内面」を持っているこの女性を愛するということは、「結婚している現実の妻の理想の姿」をそこに見出したからでしょうか。それはつまり、本当は「心の奥底では妻を愛している」からなのでしょうか。しかし、物語の中で夫マンヌーは妻タンヌーを心底憎み絶望し、まともに会話しようとすらしません。この二人の結婚生活に修復する余地があるなんて全く思えないんです。それに現実的に考えるなら「妻に顔がそっくり」だから別の女性を愛する男、というのは随分と倒錯しているように思えます。では「妻に顔がそっくりの女性」というのは何かというといわゆる物語上のフックである、つまり「特異な状況を生み出すために作られた仮構」である、ということが考えられるんですね。

逆に、これが「妻にそっくり」でもなんでもないんなら、単なる「結婚しているにも関わらず別の女性を愛した男」ということにしかならないんですよ。それだと本当に物語が生臭くなってしまいますよね。だからこそ、「妻に顔がそっくりの女性」を持ち出すことで、「仮構」としての物語の面白さが引き立ってくるというわけなんですよ。「そっくりさん登場」というシチュエーションは手軽に面白さを引き出せるのと同時に安易な方法でもあるのですが、この『Tanu Weds Manu Returns』では練りに練ったシナリオでその方法を徹底的に生かすことに成功しているんですね。これはさすがだと思わされました。

一人二役を演じるカンガナー・ラーナーウトの素晴らしさ

そして、「妻」と「妻にそっくりの女性」はカンガナー・ラーナーウトという一人の女優によって演じられるのですが、これがまた物語の面白さを倍化させているんです。同じ顔つきながらキャラクターの違う二人の女性をどう演じ分けて見せてくれるのか、それがこの映画を観る醍醐味のひとつともなります。そしてこれがもう最高に素晴らしい演じ分けをしているんですよ。タンヌーはロングのカーリーヘアで妖艶なメイクを施し、いつも都会的な洋服をまとい、成熟した女性の雰囲気を漂わせ、ある意味非常に女性的な性格をしています。一方ダットーはショートヘアにスッピン、着ている服は庶民的、学生という年齢設定から性格は若々しく素直であり、アスリートである部分で体育会系的な男性ぽさをかもしだしています。多分喋り方にも独特の方言があるように感じます。こういった正反対のキャラクターなものですから、同じ顔つきとはいえまるで別人に見えるんです。これらを演じ分けたカンガナー・ラーナーウトの演技の底力にうならされること必至でしょう。

物語は、「新しい恋人」と出会うことで人生をもう一度やり直そうとしている男マンヌーが、それを知り逆に夫への愛に気づいてしまったタンヌーとの愁嘆場へとなだれこんでゆきます。まあいわゆる腐れ縁と三角関係・四角関係の物語となるのですが、実のところ映画の流れを見ていても、「新しい恋人」ダットーのほうが全然いいんですよ。オレだったらもうどう考えたってダットー一択ですよ!なにしろねえ、ショートカットのカンガナーがキュート過ぎるんですよ!ぶっちゃけ惚れましたよ!映画ではマンヌーの心に揺らぎがあるのか?ないのか?といった具合に描かれてゆき、結構じれったさを覚えるのですが、意外とこのじれったさがまた物語を面白くしているんです。細かい部分での感情の動きが絶妙なんですね。まあくどいようですがオレだったら揺らがないけどね!こんな具合に最後までハラハラさせられるこの物語、有り得ないような状況の中で愛の不思議さを複雑な妙味で描き出し、2015年前半のインド映画とインド映画主演女優の最大の収穫となっているのは鉄板で間違いないでしょう。前作と併せて鑑賞することをお勧めします!!