”シェイクスピア四大悲劇”というやつを読んでみた

何の間違いかあろうことにこのオレが【シェイクスピア四大悲劇】と呼ばれる四作品、『リア王』『マクベス』『ハムレット』『オセロー』を集中的に読んでしまいました。最初はどこかの書評で「『リア王』はとりあえず読んどくべし」と書かれていたのを見て、「まあ教養の一環として読んどくべか」と思い購入、そして読み進めてみるとこれが想像以上に面白い、想像以上どころかとんでもなく面白い、「こりゃついでに【シェイクスピア四大悲劇】というやつを全部読んでしまおう!」とばかりに四作一気呵成に読了してしまったんですな。オレはこういった古典文学を読むクチでは全然ないんですが、世界に名だたる文豪であるシェイクピア作品をこうしてまとめて読んだのはいい体験でした。まあ、全部本が薄いから読むの簡単だしね!というわけで、英国文学にも古典文学にも何の知識も無いオレですが、恥さらしではありますけれどもざっと感想などを書いて見たいと思います。

■『リア王』は怒り狂っていた!

リア王 (光文社古典新訳文庫)

リア王 (光文社古典新訳文庫)

老王リアは退位にあたり、三人の娘に領土を分配する決意を固め、三人のうちでもっとも孝心のあついものに最大の恩恵を与えることにした。二人の姉は巧みな甘言で父王を喜ばせるが、末娘コーディーリアの真実率直な言葉にリアは激怒し、コーディーリアを勘当の身として二人の姉にすべての権力、財産を譲ってしまう。老王リアの悲劇はこのとき始まった。

最初に読んだのはこの『リア王』。まず読んでみて何がビックリしたかというと、登場人物みんなが初っ端からキレキレのテンションなんですよ!舞台設定とか導入部とか性格描写とか背景説明とかすっ飛ばして、まずいきなり【状況】があり、その【状況】があれよあれよという間にグルグルと変転してゆく、そしてその間も登場人物たちは物凄いテンションで自らの感情をぶちまけあう、その生々しく骨太過ぎる展開になにより舌を巻きました。確かに展開の唐突さとか説明のされていない部分も感じたのですが、まずこれは戯曲であって小説ではないということと、古典である為複数の底本やら原稿があり公演中の変更などがありうるという部分で厳密な「オリジナル」というものが無い、という部分で納得ができるんですね。そもそも、そういった"物語説明"なんかではなく、戯曲はそれが舞台公演された際の【状況】の切れ味の良い屹立のあり方、これが重要なんだということなんだと思ったんですね。正直に言うと戯曲観たこと無いから想像でもの言ってるんですが、そういったことをまざまざと感じさせた作品でしたね。

■『マクベス』は出世欲に狂っていた!

マクベス (新潮文庫)

マクベス (新潮文庫)

卓越した武勇と揺るぎない忠義でスコットランド王ダンカンの信頼厚い将軍マクベス。しかし荒野で出会った三人の魔女の予言はマクベスの心の底に眠っていた野心を呼びさます。夫以上に野心的な妻にもそそのかされ、マクベスは遂に自分の城で王を暗殺。その後は手に入れた王位を失うことを恐れ、憑かれたように殺戮を重ねていく…。

2冊目に読んだのはこの『マクベス』、読了して個人的には最も面白く読んだ【シェイクスピア四大悲劇】作品でした。まずなにしろ冒頭から"3人の魔女"とやらが登場し、不気味な呟きをもたらす部分から物語は既に「これは異常な物語なんですよ」と言っていて、この異様さ、奇怪さは『リア王』の時と同じくやはりとんでもないテンションで全編を多い尽くしクライマックスまで爆走してゆくんですよ!そしてその物語は血が血を呼び殺戮が殺戮を呼ぶどこまでも暗く非道な情念に満ち満ちた展開を見せ、さらにそれが魔女たちに代表される超自然的な、ある意味それ自体が禍々しい災厄とでも呼ぶべき物語として成り立っているんですね。これは即ち人智の及ばないおぞましい運命に弄ばれた男の物語として読むことが出来、そのおぞましい運命に脳髄の奥底まで狂わされきった主人公が雪崩の如く破滅へとひた走ってゆくという凄まじい崩壊感覚に圧倒されました。これは是非舞台で観たい!

■『ハムレット』は復讐に狂っていた!

ハムレット (新潮文庫)

ハムレット (新潮文庫)

「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ。―」王子ハムレットは父王を毒殺された。犯人である叔父は、現在王位につき、殺人を共謀した母は、その妻におさまった。ハムレットは父の亡霊に導かれ、復讐をとげるため、気の触れたふりをしてその時をうかがうが…。

シェイクスピア作品の中でも誰もが知る作品の一つであろうこの『ハムレット』、有名作なだけあって今回読んだ四作品の中で最も構成が密であり、展開がしっかりしており、その分濃厚な戯曲世界を楽しむことが出来ました。なにより訳文が素晴らしい、とても美しく格調高く絶妙のリズムとテンポで訳出されている台詞の数々は、原文を理解しそれを読むことができればさらに美しく格調高く韻律の素晴らしい台詞として読むことが出来るのであろうと想像させます。勿論、これは戯曲ですから、これを原文で役者がとうとうと声に出して演じているのを観て聞いてさらに理解ができたのなら、それは素晴らしい演劇体験となるであろうことも想像できるというものです。さてこの『ハムレット』、"父の亡霊”なる超自然的な存在によって運命を狂わされてゆくのは『マクベス』と同様ではありますが、主人公ハムレットは真正であり公正でありしものを追い求めた結果として悲劇に見舞われるという意味では四大悲劇の中でもやはり最も悲痛な作品なのではないかと思います。

■『オセロー』は嫉妬に狂っていた!

オセロー (新潮文庫)

オセロー (新潮文庫)

ヴェニスの勇猛な将軍オセローは、美しい妻デズデモーナをめとり、その愛のうちに理想のすべてを求めようとした。しかし、それも束の間、奸臣イアーゴーの策略にはまり、嫉妬に狂ったオセローは自らの手で妻を扼殺してしまう…。

最後に読んだこの『オセロー』は、それまで読んだ3作と比べ展開がゆっくりで、最初からとんでもないテンションで飛ばしてゆくという作品ではありません。ゆっくり、というよりも、この『オセロー』は先の3作と違いまず【状況】がある、のではなく、次第に【状況】が作り上げられてゆく、それの違いなんですね。その【状況】というのは無骨で生真面目な軍人である主人公オセローが悪党の姦計によりじっくりと狂わされてゆく、この【狂気】の過程が、最初から狂っている他の3作と違う、ということなんですね。それにしてもシェイクスピアの悲劇作品というのはすべてがある種の【狂気】の物語なんですね。【悲劇】というよりも【狂気】なんですよ。人というのは様々な感情を持った生き物ですが、その感情のどれか一つが他を圧倒し、"それ"だけが一人の人間の唯一絶対の感情となる、いうなれば妄執であり強迫観念ということができますが、【狂気】というのはそういったものなんですね。逆に言えば【狂気】という形を取って人間のたった一つの感情を徹底的にクローズアップしてゆく、そしてその生々しさと激しさを徹底的に描ききる、それが【シェイクスピア四大悲劇】の本質なんではないのか、そんなことを感じましたね。