それは買い物かごだった

残業終わって夜の9時、さて今日の晩飯はなんにしようかのう、と近所のスーパーに辿り着いたオレなのである。取り合えずサラダも食いたい、そうだ今日はベビーリーフがいい、オレはあのルッコラの味が好きなんだよ、とスーパーの野菜コーナーを覗いたら、おおあるではないかベビーリーフが、よしこれで今晩の一品は決まりだ、ああそうだまだ買い物かごを取ってきてないな、とスーパー入り口に置いてある買い物かごを取り、さてさてベビーリーフ、と思ってさっきの場所に戻ったら、無い!ベビーリーフが無い!まだ何袋も残っていた筈のベビーリーフが一個も無い!という急転直下の事態に直面したのである。ちょっと待て、これは何かの間違いなのではないか、オレは全然別のコーナーに来てしまったのではないのか、と目を凝らし目を擦り首をぐるんぐるん回しながら野菜コーナーを見渡してみても、やはりベビーリーフは無い、無い、全く無い、ではさっきのはオレの見間違いか?夢なのか?幻想なのか?などと自分の正気まで疑いながらふと傍らで買い物をしてた気だるげな主婦の持つ買い物かごを見ると、なんとなんとベビーリーフの袋が山になっているではないか。どうもオレが目を離した隙に気だるげなその主婦にベビーリーフを一つ残らず奪い去られてしまったようなのである。おいおいどういうことだ、それはオレが今まさに買おうとしていたはずのベビーリーフだろ、なんであんた一人で全部持ってっちまうんだよ、買い占めかよそれ、いったいどういう了見だよ、あんたいったい何様のつもりだよ、そのベビーリーフはこのオレが食う筈のベビーリーフだったんだよ、それを全部持ってってしまうなんて信じられないよ、オレの、オレのベビーリーフを返せよ!というか、一個でいいんだからこっち回せよ!と、オレはそのどこか爛れた雰囲気の主婦の後ろ姿を睨みつけながら心の中で地獄の炎のように燃え盛る恨み節を唱えていたのである。その時のオレは主婦の買い物かごに手を突っ込んでベビーリーフを一袋奪い取ろうかといういうほどの怒りに燃えていたのである。ああしかしなんていぎたない主婦なのだろう、だいたいなんだ、買い物かごにはベビーリーフ以外には3つ入り納豆パックが大量に突っ込んであるではないか、なんだこのコンセプトも何も無い大雑把な買い物のセンスは、納豆ダイエットでもしているのか、納豆とベビーリーフがあんたの晩飯なのか、痩せたいのか、あんたは痩せたくて堪らないのか、そうかそうなのか、いやしかしあんたのその弛緩し切った顔つきには意志力の欠片も見られない、そんなあんたに多分TVのいい加減なバラエティ番組で仕込んだのであろうダイエット方法を試したところで無理だね!ああ無理さ!無理に決まってるよ!あんたは全てにおいてなにもかも完膚無きまでに無理なんだよ!無理と無理のつづれ織り、それがあんたの人生なんだよ!…などと見ず知らずの赤の他人に心の中であらんかぎりの呪詛を並べてかえって空しくなってしまったオレはすっかり疲れ切って帰るとこの日も結局ピザ頼んで食っていたのであった。

買い物かごと言えば以前この日記で書いたことがあったけど、昔、やはりスーパーで買い物していて、レジで清算を済ませ、そして外に出て家に帰ろうとしばらく歩いてふと気付いたら、なんと買い物の入ったスーパーの買い物かごを持ったまま歩いてたんだよね。オレこの日よっぽどボーッとしてたんだろうなあ。疲れてたんだろうなあ。よっぽど疲れ切ってたんだろうなあ。自分が何を持ち歩いているのか気付かないほど疲れまくってたんだよ…。ああオレなんて可愛そうなんだろう…。あ、その買い物かごは…ええとまだ部屋にあります…(返せよ)。

もう一つ買い物かごの話。やっぱりスーパーで買い物してたんだけど、スーパーって通路の真ん中にも商品置いてあって、ところどころ通路の狭くなっているところがあるじゃないですか。オレ、そこを通り抜けようとしたら、すれ違った主婦風の女性の持っている買い物かごと、自分の買い物かごがぶつかっちゃったんだよね。オレはそんなに気にせず通り過ぎ、通路の向こうのコーナーにある食材眺めてたんだけど、そうしたら、さっきすれ違ったらしい主婦がスタスタと戻ってきて、オレの買い物かごに思い切り自分の買い物かごをぶつけると、またスタスタと向こうへと歩き去っていったんだよ。おおおおおいなんだよオレ復讐されたの?逆襲なの?報復なの?さっき謝らなかったオレがきっと悪いんだろうけど、何も戻ってきてまでぶつけ返さなくとも…。でも話はこれで終わりじゃなくて、それから何日かしたあとの事なんだけどね、オレ、たまたまラジオ聴いてたんですよ。で、いわゆる視聴者のお便りコーナーというのが始まったんですね。なんとなく聴いていたらアナウンサーがこんなお便りを読んでいる。「東京都○○区の主婦です。先日スーパーで買い物をしていたら、どっかのオッサンが私の持っている買い物かごに自分の買い物かごぶつけて、しれーっとした顔で向こうに行っちゃったんです。私あったま来て、戻ってそのオッサンの買い物かごにわたしの買い物かごを思いっきりぶつけてやりましたよ!あーせいせいした!」なんだよなんだよこれオレのことじゃないかよ!?公共の電波で見ず知らずの主婦の方に勝利宣言されたオレなのかよ!?すいません、オレがわるうございました…。もうグウの音も出ずにそのままぐったりと肩を落としたオレでありました。…しかしこんなことを日記に書いているけど、案外これを読んでるどちらの方かが、「あれ、これ、私のことじゃない?」なんてあったら怖いなあ。ええとすいません、あの時のオッサンはオレでございます、その節は失礼いたしました…。