おくらばせながらだが「このミステリーがすごい!」の『犬の力』は本当に凄かった

■犬の力(上)(下) / ドン・ウィンズロウ

メキシコの麻薬撲滅に取り憑かれたDEAの捜査官アート・ケラー。叔父が築くラテンアメリカの麻薬カルテルの後継バレーラ兄弟。高級娼婦への道を歩む美貌の不良学生ノーラに、やがて無慈悲な殺し屋となるヘルズ・キッチン育ちの若者カラン。彼らが好むと好まざるとにかかわらず放り込まれるのは、30年に及ぶ壮絶な麻薬戦争。米国政府、麻薬カルテル、マフィアら様々な組織の思惑が交錯し、物語は疾走を始める―。(犬の力/上巻)
熾烈を極める麻薬戦争。もはや正義は存在せず、怨念と年月だけが積み重なる。叔父の権力が弱まる中でバレーラ兄弟は麻薬カルテルの頂点へと危険な階段を上がり、カランもその一役を担う。アート・ケラーはアダン・バレーラの愛人となったノーラと接触。バレーラ兄弟との因縁に終止符を打つチャンスをうかがう。血塗られた抗争の果てに微笑むのは誰か―。稀代の物語作家ウィンズロウ、面目躍如の傑作長編。(犬の力/下巻)

いやこれは凄かった。今年読んだ本の中でもNO.1の面白さだ。ホラー好きのオレは"血で血を洗う"という言葉をよく使うけれど、これほど"血で血を洗う"物語が展開する小説は今まで読んだことがないかもしれない。アメリカとメキシコを舞台に30年以上に渡る熾烈な麻薬戦争を描いたフィクションなのだが、いやもうなにしろぶっ殺すぶっ殺す。冒頭から一族郎党19人もの処刑死体を検分するシーンから始まり、その後も殺戮の嵐は巨大ハリケーンとなって全てのものを飲み込み、主要登場人物もクライマックスに向けて片っ端からどんどんブッ殺されてゆく!DEA(麻薬取締局)と麻薬カルテルはありとあらゆる殲滅戦を繰り返し、謀略、詐略、使える手は全て使って相手を叩き潰そうと謀るのだ。その物語は非情と無情に彩られた暗黒の黙示録であり、その文章は暴力と憤怒がどろどろと煮えたぎる熱い溶鉱炉の如き筆致なのだ。
主人公は白人とメキシコ人のハーフであるDEA捜査官アート・ケラー、麻薬組織撲滅のためにメキシコに派遣された彼は腐敗にまみれたメキシコ官憲、時のレーガン政権による政治的問題から煮え湯を飲まされ続け、さらに仲間を殺され、仕舞いには家族にも愛想を付かされ、文字通りボロボロになりながら、もはや執念と怨念の塊となりながら捜査を続ける。対する麻薬カルテルの首領バレーラ兄弟、冷徹さと冷酷さをそれぞれに持つ彼らは、南米とアメリカに一大麻薬売買網を作り、メキシコ政府さえも動かす巨大な力を得ている。さらにイタリア系マフィア、アイルランド系の殺し屋、バチカンから派遣された司教、絶世の美貌を誇る娼婦らが絡み、物語は暗く地獄のように熱い熱気をはらみながら上下巻1000ページあまりを一気に読ませる。ちなみにタイトル『犬の力』とは邪悪な力の意味であり、もはや正義も悪も無くただただお互いを貪り食い合う畜生となり、終りなき戦いを繰り広げる登場人物たちの虚無を例えた言葉であるといえるだろう。
登場人物達はどれも生き生きと描かれ存在感に満ち、物語はフィクションとはまるで思えない迫真性とリアリティ、そして詩情に溢れている。国境も超え国家も超え全てを死と灰燼の闇に変えてゆく暗黒のサーガ。今現在読める最高のノワール小説のひとつということができるだろう。
ちなみに副読本じゃないが、この本の雰囲気を掴む為に本を読んでる最中DVDで2本映画を観た。1本はこの本と同じくDEAと南米麻薬カルテルの戦いを描いた『トラフィック』。もう1本は麻薬王に上り詰めた男の最期を描く『スカーフェイス』。『トラフィック』はこの『犬の力』よりも随分おとなしい内容だが、本を読んで場面を想起する為の映像を補完するのに役立った。『スカーフェイス』は言うまでもなくブライアン・デ・パルマの人気作。今観ると若干風俗などが古臭く感じるが、ギンギラギンに出来上がっているアル・パチーノの狂気っぷりが小説内の殺し屋たちを思わせて面白かった。
参考:麻薬戦争と麻薬ビジネスの戦慄すべき実態を物語る衝撃的な写真集 - GIGAZINE

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