ハードボイルドと冒険小説の古典を読んだ

■裁くのは俺だ / ミッキー・スピレイン

ハマーの胸にぐっと嗚咽がこみあげてきた。ともに戦火の下をくぐり、片腕を失ってまで彼を救ってくれた戦友ジャックが、下腹部に銃弾をぶちこまれて見るも無残な死体となっていたのだ。ハマーは誓った。犯人は俺が裁く、この45口径が!金と顔にものをいわせる特権階級、ボスどもを憎悪し、法律の盲点をついた犯罪を暴いてゆく、タフガイ探偵マイク・ハマー登場!全世界にセンセーションを巻き起こした衝撃の問題作!

いやあ、いったいどんなタフガイだよ、と笑ってしまいそうになるほどにタフガイなマイク・ハマー主人公の第1作であります。復讐!暴力!そしてエロいネーチャン!クールでニヒルなハードボイルドというよりもやんちゃオヤジの暴れん坊日記、と言った方がふさわしいかもしれません。だいたいマイク・ハマーはいつもカッカしてるかデレデレしてるかのどっちかで、とてもクールでニヒルなハードボイルド・ヒーローという感じがしません。マッチョであることは確かなんですが、むしろ作者が理想とする"男らしい男"像を描いた、って感じです。だからモテモテな割にはオネーチャンに簡単に手を出したりはせず、モラリスティックで貞節な男を貫いたりしているんです。こんなところが妙に微笑ましい物語でもあります。賛否両論の作品だったそうですし、今読むと単純で直情的なだけのお話ではありますが、1947年作ということも鑑みると、こういう方向性の作品が書かれるということ自体はアリだったんだろうなあと思いました。

■深夜プラス1 / ギャビン・ライアル

深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))

深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))

ルイス・ケインの引き受けた仕事は、マガンハルトという男を車で定刻までにリヒテンシュタインへ送り届けることだった。だがフランス警察が男を追っており、さらに彼が生きたまま目的地へ着くのを喜ばない連中もおり、名うてのガンマンを差し向けてきた!執拗な攻撃をかいくぐり、ケインの車は闇の中を失踪する!熱気をはらんで展開する非情な男の世界を描いて、英国推理作家協会賞を受賞した冒険アクションの名作。

レジスタンスであり諜報員であった主人公が依頼された仕事は、ある資産家とその女性秘書をフランスからリヒテンシュタインまで陸路で運ぶこと。主人公の相棒は元シークレット・サービスのガンマン。資産家は警察に追われ謎の人物に命を狙われている上、決められた時間までに目的地へ辿り着かなっければならない―。資産家は誰になぜ命を狙われているのか?目的地には何が待っているのか?こういった謎を小出しにしながら、度重なる襲撃をかい潜り、ヨーロッパの街を疾走する一行の、緊張感に満ちた描写が素晴らしい。そしてこの緊張をさらに加速させるのが、彼らが様々な国を通り抜けるために越えねばならない"国境"の存在だ。この"国境越え"のサスペンスと彼らが立ち寄る国々のカラーの多様さが、舞台となるヨーロッパという土地の雰囲気を強烈に醸し出す。そして様々な国で主人公に隠れ家を提供するかつてのレジスタンス仲間たちからは、近代ヨーロッパの歴史性までが垣間見える。この『深夜プラス1』は優れたハードボイルド冒険小説であると同時に優れた"ヨーロッパ小説"でもあるのだ。アクションは淡白だがそれはプロフェッショナルにこだわる男たちの戦いはいつも一瞬のうちに終わるからだ。このストイックさもまたいい。